告白H体験談

人妻・主婦・母親の禁断告白&エッチ体験談

人妻の不倫情事から主婦の浮気告白に母親の禁断体験や熟女&おばさんとのセックス体験など既婚女性達とのエッチな体験談から母子相姦までご紹介。

義父と家族風呂に入ることになった私は、その場で彼と関係を持ってしまいました。

目安時間:約 14分

末の事です。年越しを夫の実家で過ごす事が出来ない為、年越し代わりに1日繰り上げて実家に帰る事になりました。

 

の日、私は休みだったので、3歳と4歳になる子供を連れて一足先に実家に帰り、夫が仕事を終わらせて合流する夜までの間に年越しが出来る準備をする事にしました。義母は夫が小さい頃に亡くなった為、実家には義父1人で生活をしており、年越しをする為に私がしないといけない事が多かったからです。

 

家に着くと、年末なので義父も大掃除をしていた様子で、片付けが予定よりも早く終わりました。なのでちょっと早めに夕食の買出しに行く事にしました。

 

父と子供を連れて一緒に買出しに行くと、思ったより人が少なかったので買い物も割とスムーズに終わりました。車に乗って帰宅していると、途中で子供達から、「今日は爺ちゃんの家のお風呂に入るん?」という話題が出てきました。

 

父は、「せっかくだから温泉でも入って帰るか?」と提案してくれ、私としてもまだ夕食の準備までには時間に余裕があり、子供達のお風呂を終わらせておけば、夜がゆっくり出来ると思ったので温泉に行く事にしました。温泉に着き、私はたまたま車内に残したままだった荷物から着替えを出したり準備する事にして、その間に義父は入浴券やタオルなどを先に買いに行く事になりました。

 

は子供達と「どっちがママとお風呂に入る?」などと楽しく話しながら準備を進めていました。準備が整って温泉の入り口の前まで行くと、義父も入浴券の購入が終わったと、ちょうど迎えに来ようしていたところでした。

 

めて義父と一緒に中に入ると、浴室まで案内してくれるスタッフの方が玄関のところで待ってくれていました。「ではこちらへ」と案内された場所は、なんと“家族風呂“でした。

 

は予想もしていなかった突然の家族風呂という事に戸惑いと混乱が生まれましたが、そんな事が分からない子供達は嬉しそうに浴室にサクサクと入って行き、当然義父も普通に入っていきました。スタッフの目もあったので、何も言えずそのまま私も入っていきました。

 

に入り・・・。私「え?家族風呂なんですか?」義父「だって家族だし、せっかくなんだから皆で入った方が子供も楽しいだろ?」当たり前のように義父が言いました。

 

やらしい考えがある気配も無く、あっさりした態度に、(わざと?天然?)と混乱が増すばかりでした。私「ここで待ってるので、ゆっくり入ってきてください」義父「せっかく温泉に来たのに勿体無いんじゃない?」そう言いましたが、特に私を温泉に入らせようと執着した様子も無く、普通に子供達と温泉に入っていきました。

 

父にやましい気配は全く無く、『普通の事でしょ?』的な空気は、逆に、(私の方がおかしいの?)とすら思ってしまう状態でした。子供達がお風呂に入って少しすると、浴室から子供の泣き声が聞こえました。

 

を滑らせて尻もちをついたみたいで、私が浴室をゆっくり覗くと・・・。義父「浴槽の周りが滑りやすくて、体を洗おうと思ったら、自分1人じゃ騒いだ子供を2人見るのは難しいよ」・・・と、困った様子で言ってきました。

 

供も「ママ来てー!!」とうるさいくらいの大きな声で叫びます。この状況が私の頭の整理を焦らせていました。

 

風呂場という環境が子供の声をさらに増大させて響き渡り、子供が呼んでいて義父も1人じゃ難しいと言っている。(でも行ったら、裸を義父に見られてしまう・・・)今考えれば、服を着たまま中に入って子供をあやせば良かったと簡単に思いつくのですが、あの時の状況では、(浴室に入る=裸=義父に見られてしまう)という事に頭が捕らわれていて、義父と家族風呂という場所に来ているという環境がさらに冷静を失わせる状態でした。

 

いている子供を無視する事も出来ず、思い込みの中にある選択肢の中から、浴室に入っていく事を選びました。「ちょっと待っててよー」と子供に言いながら、(なんでこんな事になるのよ)と半分イライラも交じらせつつ服を脱ぎ、精神的に追い詰められた様な感覚になっていた私は、脱ぎ終わった時には半分ヤケか開き直りか、どうにでもなれといった心境になっていました。

 

を脱いだとしても、まだタオルで体を隠すとか出来た筈なんですが、そんな事も思い付かない程、頭が混乱していたのだと思います。開き直りが後を押し、自分の体を隠そうとも思わず、いつもお風呂に入るように普通に入っていく事が出来ました。

 

に入り、子供をあやして泣き止ませた後は、掛け湯をして温泉に浸かりました。義父と一緒の湯船に浸かると・・・。

 

父「子供を転ばしてしまって悪かった」私「浴室が広かったので1人で見させていたので仕方ないです。こちらこそすみません」その後も、「ここの温泉は気持ちいいから好きだ」といった感じの話で、本当に普通に家族湯として割り切って入っている様子でした。

 

う分かって少しホッとしたのは確かなのですが、時間が経つと不思議なもので、(私って女としての魅力がないのだろうか?)なんて考えも一瞬芽生えました。何を考えてるんだろうと自分に驚きました。

 

んな気持ちの切り替えも含め、子供の体を洗う事にして浴槽から出たのですが、洗おうと思ったら体を洗うタオルが無い事に気づきました。仕方ないので手にボディーソープを取り、手洗いで子供を洗い終わらせ、今度は自分の体を洗いました。

 

まに子供を見るふりをしながら義父の目線を確認したりしましたが、子供と遊んだりしていて、こっちを見る感じがあまりにない事にちょっとショックを感じている自分がいました。どうせ見ないならと、私はちょっと思い切って、浴槽に向かって後ろ向きに立ってお尻を突き出すようにして脚を洗ったり、ボディーソープを取ったりしてみました。

 

っている脚なんかには全く意識が向けられなくて、ずっと義父の視線が気になり続けましたが、確認するほどの勇気は無く、脚を洗い、そのまま椅子の上に座りました。(私は夫の父親に何をしてるんだろう・・・)と少し冷静になり始めていた時に、後ろから・・・。

 

父「背中を洗ってあげようか?」私「背中は手で洗いにくいのでお願いします」自然と笑顔で答えていました。義父が手の平で、裸になっている私の背中を洗っている・・・。

 

父は平常心かもしれませんが、私はドキドキして触られている事に興奮しているのがよく分かりました。背中を洗ってもらった後は、泡を流して、逆に義父の背中を洗ってあげる事にしました。

 

と義父が浴槽から出ていると、当然子供達も浴槽から出て遊び始め、子供は義父の側で遊び始めました。私は義父の背中を洗った後、「そのまま子供と遊んでてくれたら、後は全部私が洗いますよ」と私も精一杯の自然を装って普通に言いました。

 

父「子供みたいだな」笑っていましたが断らず、私はそのまま義父の後ろ側から手を伸ばして腕、胸、お腹と洗ってあげました。あからさまにくっつかなくても、当然私の胸は何度か義父の背中に当たっています。

 

んな事家族湯と割り切りで入ってるとしても、行き過ぎたコミュニケーションになる事は分かっていましたが、それよりも自分の中にある好奇心と興奮が抑えきれなくなっていました。場の空気を自然にしようと、子供に「おじいちゃんの体は大きいからアワアワがたくさんいるね」などと話しながら洗っていきました。

 

よいよ陰部だけになり、「ここは自分で・・・」と、義父はさり気なく言っていたのですが、聞こえなかったフリをして・・・。私「おじいちゃんもオチンチンはキレイキレイにしておかないとクサイクサイになるからね~。たー君(子供)達はキレイキレイにしたっけ?」・・・と、子供達と話しながら洗いました。

 

子「ママが洗ってくれたじゃん」私「そっか、そうだったね。じゃあみんなキレイキレイにしてるからもう大丈夫だね」などと子供と話しながら、私は少し強めに義父のモノを手で擦ってあげた後、亀頭部の付け根部分の溝の様なところまでしっかり指を入れて洗いました。

 

んだん硬くなるにつれて、義父は子供のいない方向に体を向けようとし始めました。義父は反応してしまった事を私に謝ってきたので・・・。

 

「男の人は刺激に対してそうなるのは当然だって事を、仕事柄(看護師)知ってますから大丈夫ですよ」義父「それで洗うのが上手なんだね」義父は恥ずかしそうに笑いながら体を流して湯船に浸かっていきました。子供達と再度湯船に浸かると、義父は少し離れた場所で「おじいちゃんは疲れたからママと遊んでもらいなさい」と言って、子供に陰部を見られないようにしている様子でした。

 

父「先に出てるから、ゆっくり温まったら出てくるといいよ」そう言って、こちらに背を向けたまま更衣室の方へ出て行きました。浴室と更衣室はガラス張りになっているので、多少曇ってはいても、更衣室のトイレにそのまま入っていく義父の姿が分かりました。

 

なスイッチが入ってしまっていた私は、子供達に、「少しジッとしてて」と言い残し、そっとトイレのほうに行ってドアを開けました。もし本当に排泄していたら正直に謝ろうと思っていましたが、何となく予想に自信があったので開ける事にしました。

 

想通り義父は自分で精子を出そうとしているところだったようで、凄く驚いた表情を見せて一瞬固まっていました。私は笑顔で、「そのままちょっと待っててくださいね」と言って子供を更衣室に入れて、自分達で着替えの練習をするように言いました。

 

のまま私は義父のいるトイレに入り、鍵が無いので子供達が入ってこようとしたら注意が出来るように、少し開けたところから顔を覗かせる事が出来るようにしました。私「体を洗ってからお義父さんの様子がおかしかったから、何となく分かりました。後に引かない約束で、今回だけの割り切りとしてくれるなら、私を使っていいですけど、どうしますか?」私自身物凄く勇気がいる発言でしたが、自分がしたくなっていたのもあって、思い切って言っていました。

 

族湯に連れてこられた時の自分が嘘のような自分でした。義父「息子に悪いし、ゴムも無いから無理」私「夫には今回だけなら絶対に言わないし、夫の希望で避妊具を入れられているから大丈夫です」義父はしばらく悩み始めました。

 

は子供の様子を見るのに、義父に対して後ろ向きでドアの隙間から覗いていると、義父の手が私の陰部を触ってきました。私はそのままお尻を突き出すようにして前の壁に手をつきました。

 

父は私の腰を左手で持ち、右手で自分のモノを入れる場所を探すと、見つけた瞬間に一気に全部を挿入してきました。思わず声が出てしまい、義父に注意された後はひたすら堪えました。

 

父は興奮していたのか、最初からずっと激しいペースで突き続けられ、私も家族の関係から男と女の関係に切り替わっていると考えると興奮してしまい、同じ体位の中で何度もイカされてしまいました。立っていられなくなってからは、私の脇の下に義父は腕を入れて、胸を鷲掴みにして体を持ち上げられながら、ずっと突き続けられ、最後に腰を叩きつけるような激しい突きで射精されました。

 

は膝がガクガクしていて、義父の精子を拭く事も出来ずにそのまま床に座り込んでしまいました。そんな私の前に義父は自分のモノを持ってきて、「舐められる?」と聞くので、そのまま頷いて口で咥えましたが、大して舐める事も出来ずにそのままトイレの床に寝転んでしまいました。

 

父は私から流れ出ている自分の精子をトイレットペーパーで拭き取り、そのまま抱えられて更衣室の椅子に座らされました。子供が「ママどうしたん?」と言っているのに対して、義父が「ママはお風呂でちょっと疲れたみたいだから、休んでいたら治るから大丈夫だよ」と言っていました。

 

浴時間の終わりも近づいていた為に、義父は子供と一緒に私に服を着せてあげようと言いだし、私は言われているままに身を任せていました。義父が私の荷物の中から、服や下着を取り出し始めます。

 

段なら見せる事の無い下着を見られ、多少は自分も動きましたが、人形のように服を着せられ、最終的には洗濯物になる服をまとめてカバンに入れてくれました。その際、義父は私が慌てて脱いだ事でねじれてしまっていた下着を無駄に良くするフリをしながら、夫との生活の中ですら恥ずかしくて洗濯カゴの下の方に隠して見えないようにしているクロッチ部分の汚れを、しっかり見ていました。

 

れていた私は、その状態にドキドキしながらも黙って見ている事しかできませんでした。その日の夜から、今日の今まで何も変わらず、出会った時は以前通りの義父との関係でお互い接しています。

 

に今後、また夫がいない時に子供が温泉に行きたいという話が出てきたら、義父はどういった答えを出すのか気になっています。

父さえ私のそばにいてくれれば、私はもう他には何もいらないし、地獄に落ちたって構わない

目安時間:約 14分

は3年半前まで、逆上ります。4月になって間もない頃、父の職場から電話がありました。

 

れは、作業現場から転落し、病院に搬送されたというものでした。幸いにも、左腕の骨折だけで済み、命に別条はありませんでした。

 

かし、父と母はいわゆる『熟年離婚』をした直後であり、職人気質で亭主関白の父は、家事どころかお茶の一つも入れられない程。その上、骨折しての不自由な生活という事で、数年ぶりに実家に戻りました。

 

を言うと、その当時、すでに私と夫は完全に冷め切っており、酒に溺れては手を上げる夫から逃げる様に出て来たのです。当初、父はかたくなに「お前の助けなどいらん」と頑固に言い張っていましたが、やはり不自由な事に直面し、私が手を差し出す事にも文句を言わなくなる様になっていました。

 

ヶ月後、怪我も完治。それでも私は、ずっと実家に残りました。

 

朝父にお弁当を作り、夕食を用意し帰りを待つ。そして父の為に家事をこなす。

 

でもない、そんな平凡な毎日を穏やかに過ごせる事に、ささやかな幸せを感じていたのです。2人の離婚の原因は、仕事ばかりで家庭をかえりみない父に、母が愛想をつかした、というものでしたが、私には分かりませんでした。

 

ってこんなにも一生懸命に働いてくれているのに・・・。他にも理由はあったかもしれませんが、それでも昔ながらの男くささを感じさせる父と平和に暮らせる事に、感謝の気持ちで一杯でした。

 

けれども、この時の私は、父に対する本当の感情にまだ気付いてはいませんでした・・・。半年程経った12月のある日、父が突然、「たまにはどこかへ出掛けるか。どこでも好きなとこ選べ」と言い出したのです。

 

と向かってははっきり言いませんでしたが、私への感謝のつもりだった様です。父にも意外に可愛い所があったんですね。

 

こにしようか迷いましたが、思い切って海外旅行をおねだりしてみると、あっさりとOKが。こうして冬休みをずらして、1月半ばから一週間フィジー旅行へ行く事になりました。

 

めて行くフィジーは、正に楽園でした。真っ青な空に白い砂浜、透き通る海に眩しいばかりの太陽。

 

テルも、いわゆるホテルではなく、広く続くプライベートビーチにペンションが点在するという所。ログハウス調の建物にプールまで付いていました。

 

着した日はそのまま休み、翌日からは日々の生活を忘れ、ビーチで遊び楽しい一時を過ごしていました。しかしその時、予想もしていなかった気持ちに気付きました。

 

すがに南国、照り付ける日差しがきつく、背中に日焼け止めクリームを父に塗って貰った瞬間、心臓がドキドキ高鳴り始めたのです。ゴツゴツした指が私の背中を撫でる感覚に、僅かながらも戸惑った事は確かでした。

 

かしそれもあっと言う間。深く考える事もせず、再び2人で海辺で過ごしました。

 

すが、今思い返せば、父を意識した瞬間はこの時が初めての時でした。その後も街へ繰り出し、夜には、満天に煌めく星空の下、プールサイドのデッキで父はビール、私はワインを楽しみ、夜でも火照った体をプールでクールダウンさせたりしてリラックスした時を過ごしていました。

 

、次の瞬間、確かなる父への想いに直面する事に・・・。それはたわいもない場面でした。

 

甲斐もなく私達は、プールの水を掛け合ったり、中に引きずり込んだりしてはしゃいでいました。そして息も苦しくなり水面に上がると、すぐ目の前に父の顔が・・・。

 

ぜだか目が合ったまま、2人共体が固まって動けなくなっていました。父の目を見つめ、吸い込まれそうになる・・・。

 

かにその中には、父娘の関係を越えた、欲望に満ちたものがあったのです・・・。この時が父と私の中に、『男と女』が芽生えた瞬間でした。

 

縛りにあったまま、自然とその距離が10cm、5cmと縮まって行き、遂には唇と唇が触れ合う・・・。その寸前、父も私も『はっ!』と我に返り、欲望の呪縛から解き放たれ、慌てて体を離しました。

 

達の間に流れる気まずい空気・・・。それを掻き消そうと、「も、もう寝るわね・・・」と私の方から切り出すと、「あっ、あぁ・・・」と動揺を隠せない声で返す父。

 

ールをくぃっと一気に飲み干すと、父は寝室へと消えて行きました。その夜、私は自分の寝室でベッドに入りながらも、朝方まで寝付けずにいました。

 

っきのは何だったんだろう・・・。もしあそこで我に返っていなかったら・・・)そう考えると、悶々として頭から離れません。

 

かし、それと同時に昼間のビーチでのドキドキよりも遥かに大きい胸の高鳴りが止められませんでした。いつしか眠りについてしまい、気が付くと朝の10時を回っていました。

 

ビングに行くと、そこにはもう父が・・・。直ぐさま頭に甦る昨夜の出来事。

 

う接して良いのか、軽くパニック状態でした。それは見るからに、父も同じ様でした。

 

まずそうにタバコをふかしながら、朝からビーチを飲んでる・・・。軽く朝食を食べている間も、引き続く重い空気感。

 

々普段から口数の少ない父ではありましたが、明らかにいつもとは違う・・・。私はこの空気に耐えられず、ホテルのエステに出掛けました。

 

かし、戻ってきてもまだ午後3時。これからの時間どうしよう・・・と考えていた時、父から「その辺歩かないか」と切り出してきました。

 

達は、海岸線沿いの小高い崖を歩き続けました。でも、父は一切喋ろうとしません。

 

言のまま真直ぐを見つめていました。その時です。

 

とした瞬間、父の手が私の腰に回されました。「えっ!?」と動揺を隠せない私・・・。

 

すが、父の手は私を引き寄せたままでした。父の中にある想いを感じたこの時、私も自分の気持ちを解き放ちました。

 

分でも分かっていたはず。でも気付こうとしてなかった。

 

めようとしなかった。(父が好き・・・。)自分に正直になれたこの瞬間、私も体を父に預けました。

 

人で寄り添いながら歩き続けました。堪らなく幸せな一時・・・。

 

が付くとあんなに晴れていたのに、灰色の雲が低く立ち込め、波が荒立っていました。風も強くなる。

 

くすると、サーっと雨が降り始めました。「行こうか」更にギュッと引き寄せながら呟いた父の一言。

 

には、その一言の意味が充実分かりました・・・。低くうねる波の不気味な音が、まるで私達の間に立ち込める危険な匂いを見透かし、警告を与えているかの様でした・・・。

 

ンションに着くと、父は私の手を引き寝室迄連れて行く。ドアを開け、レディーファーストの様に私を先に入れると後ろで静かに閉めました。

 

っくりと私は振り返り、「・・・お父・・・さん・・・」と、私の方から雨に濡れたワンピースのボタンを上から一つずつ外し、呟きました。勇ましく私に近寄る父・・・。

 

のまま私の唇を強引に奪ってきました。荒々しくワンピースをはぎ取りながらも唇を求め、私も熱烈なキスで返しました。

 

用に片手でブラのホックを外し、こぼれ落ちたバストを鷲掴みに。指先で乳首を弾かれ、思わずこぼれる吐息。

 

れが、舐められ、吸われ、甘噛みされると、確かな喘ぎに変わりました。まだこれだけの愛撫で、パンティを濡らしてしまう私・・・。

 

い生地の上からワレメをなぞられると、どんどん愛液が溢れて止まりませんでした。その内父の指が進入してきて、直に触れてくる。

 

チャピチャという音が響き渡る程になっていました。父にしがみつき、はしたなく喘ぎ声を出して感じてしまっていました。

 

する人と結ばれる喜びよりも、やはり父と娘の禁断の行為という意識の方が勝ってしまう。でもその背徳感が、更に体を敏感にさせてしまうんです。

 

ラフラになりながらも、今度は私が父のボタンに手をかけ、服を脱がせました。はだけたシャツから覗く逞しい胸板。

 

2歳とは思えない筋肉質な体付きで、浅黒く日焼けした肌が一層活力を感じさせます。続いてベルトもズボンも下着も脱がせると、激しく脈打つアソコが露に・・・。

 

人のモノよりも、今までもの誰よりも迫力のあるものでした。私は取り憑かれた様に頬張り、一心不乱に咥え続けていました。

 

の体が、ピクッピクッと震え、「あっあぁ」と唸ると、口から抜き取りました。私のパンティも脱がし、これで2人は一糸纏わぬ生まれたままの姿。

 

は私をベッドに運ぶと股を開かせ、口での愛撫に・・・。歓喜の声を上げながら、思わず私は父の短く刈り込まれた頭を掴み、グイグイと押し付けていました。

 

ゅるじゅると滴るいやらしい音をたてながら、巧みに動く舌・・・。ここまでの間に何度絶頂を迎えたでしょうか、父が私の股の間に膝立ちになり、充実過ぎる程塗れぼそったワレメに当てがってきました。

 

に迎えたこの瞬間・・・。無言ながらも、私達の見つめあった視線の中には、結ばれる合図を感じ取っていました。

 

く、硬くそそり立つ父のモノが、滑った感触と共に私の中に入って来ます。あまりのサイズに苦しさを覚えましたが、暫くすると楽になりました。

 

して父が動き出すと、体の中からかき乱されるようなもの凄い快感が・・・。私はシーツを握り締め、狂った様に悶えました。

 

には私が上になり、時には後ろから貫かれ動物的なセックス・・・。しかし確かにその中に、愛を感じました・・・。

 

の外では風雨が一層強くなり、雨の滴が窓を打ち付けます。まだ午後4時だというのに外は真っ暗。

 

に、天がタブーを犯した私達に怒り狂っているかの様・・・。でも、私達が交わる部屋は、完全に外部からシャットアウトされ、小宇宙に放り込まれた様な別世界の中にありました。

 

と娘でも関係ない・・・。私達は愛し合って、求め合っているの・・・。』荒々しく力強く、かつ愛情に満ちながら私を抱く父。

 

暦を過ぎたとは思えない体力と精力でした。実際、骨折も年齢からは考えられない早さで完治したそうです。

 

んな父にひたすら攻められ続けていましたが、いよいよオーガズムに達する瞬間がやってきました。素早く私の中から引き抜くと、自らの手で絶頂を迎えようとする・・・。

 

れを見て、私はアソコに口を近付け、咥えました。最後まで私の中でイって欲しい・・・。

 

はびっくりしていましたが、すぐお口の中に愛し合った証をたくさん出してくれました。私を形作ったお汁を、自分の中に取り込む・・・。

 

ても濃厚で、美味しい・・・。一滴もこぼしたくなかった・・・。

 

は更に激しさを増し、天の怒りを表している。でも、まだこの時なら、後戻り出来たはず。

 

度の過ちとして・・・。その後も、キッチン、お風呂場と、場所を変えて何度も父と一つになりました。

 

かし、次第に物足りなさを感じ始めていました。外は本格的な嵐になり、雷を伴う程の暴風雨に。

 

んな中父と私はこの日最後になるセックスにのめり込んでいました。激しく父の太いモノに突き上げられ、嵐をかき消す程の喘ぎ声を上げていました。

 

々な体位で繋がり、父が絶頂を迎える時、私は思い切って言葉にしました。「・・・中に・・・出さないの?・・・」「っっ!」驚きのあまり、言葉を失う父。

 

・・気持ちは・・・固まってるわ・・・」「・・・いいのか?」「・・・(頷く私)」「いいんだな?」「・・・(頷く私)・・・」最後、父はニヤッと自信に満ちた不敵な笑みを浮かべ、私の胎内に放射しました。「お父さん!」「久恵!」・・・と呼び合う中で迎えた壮絶な絶頂・・・。

 

してそのすぐ後、目を覆う程の閃光と、耳を劈く轟音が鳴り響き、地響きを起こす。落雷と共に、天の逆鱗に触れてしまったのでしょう・・・。

 

かし私は、眠りに落ちて行く中で、父さえ居れば地獄に墜ちても構わない・・・そう想ったのを覚えています。翌日は真っ青な快晴・・・。

 

達の罪を許してくださったのでしょうか・・・?残りの3日間、父と私はひたすら子作りの為のセックスを続け、子宮から溢れる程の父の精液を受け止めました。帰国後も、ベッドを共にし、晴れて『夫』『妻』として、夫婦生活の幸せな生活を手に入れる事が出来ました。

 

在、2歳になる私達の息子と3人で最高な毎日を暮らしています。そして、お腹の中には、2人目が・・・。

 

来週の夫の誕生日に報告するつもりでいます・・・。

初潮を迎えたあの日から、私は実の父に2096回もレイプされました。

目安時間:約 15分

は、ある事情で、高校を卒業後は実家から逃げるように家を出ました。今はアルバイトで生計を立てながら、安いアパートで女の子の友達と共同生活して、声優を目指して専門学校に通ってます。

 

のある事情は・・・今まで誰にも教えられず、ずっと心に封印していた事です。忌まわしい過去の出来事なので、正直誰にも知られたくない気持ちもあります。

 

も、ずっと心に封印し続けるのはもう辛くて限界です。私を知らない誰かにだけでも告白すれば、気持ちも少しは楽になれるかな・・・?と思い、悩んだ挙げ句、投稿サイトを利用しようと思い立ち、ここを選び、意を決して告白します。

 

の忌まわしい過去とは、血の繋がった実の父による、7年半に及ぶレイプです。私の父は、小さな産婦人科の病院を営む産婦人科医です。

 

は、私が幼い頃に離婚して私には母の記憶がありません。離婚と言ってもほとんど駆け落ち同然で、父から逃げて行ったっと噂で何度か聞いた事があります。

 

が物心ついた頃には、家族は父しかいませんでした。私は父とずっと2人で生活して育ちました。

 

して、私が10歳の時の、小学5年生の秋でした。家で夜に入浴中に、初潮が来ました。

 

はビックリしつつも大人になれた気分で嬉しくて、入浴を済ませた後、父に初潮が来たと伝えると父はとても喜んでいました。その父の喜びが、忌まわしい意味を含んでいた事など知らず、私は無邪気に女の子の幸せを噛み締めてました。

 

れが、女の子の幸せの終わりである事。そして私が女の子であるがゆえの不幸の始まりだなんて、思いもせずに・・・。

 

潮を迎えたその日の夜中でした。私は体の奥に、激痛を感じて目が覚めました。

 

は昔から暗い場所が苦手で、当時は自分の部屋の灯りを点けっぱなしで寝るのが習慣だったので、その激痛の訳がすぐ分かりました。私は就寝中に、父に襲われていたのです。

 

に私は何も着ていない裸の状態にされていて、両脚を膝を折って広げられていて、父は荒々しく腰を前後に揺すってました。ついさっき初潮を迎えたばかりの膣に、熱くて硬い、太くて長いものが入れられていて、父の腰の動きと共に、激痛が走る膣内を掻き乱してました。

 

は逃れようとして身を起こした時、自分のアソコの様子が目に飛び込んできました。私の膣内を荒らしていた硬くて熱いものは、父のオチンチンでした。

 

ても長く、太く見えました。真っ赤に血で染まったアソコの入り口から、ラップみたいな薄いゴムを被ったオチンチンが、出入りしてました。

 

だ私は、学校で性教育の授業も受けてない頃です。セックスの仕組みや、やり方や、オチンチンが被ったゴムの意味とか、何も知らない時期です。

 

してや、それが人間の生殖行為だなんて知りませんでした。処女、セックス、オナニー、レイプ・・・。

 

んな卑猥な言葉など、全く知らないうちに、僅か10歳で処女を奪われました。私の膣内に、なぜオチンチンを入れて、父が何をしているのか、自分が何をされているのか、全く理解出来ませんでした。

 

は、恥ずかしさと激痛で頭が混乱しました。「痛い!痛い!パパやめて!」私はそう叫びました。

 

に平手打ちをされました。「初潮を迎えたって事は、セックス出来る体になったって事だ。この時を何年待っていたと思ってるんだ!何のために男手ひとつでお前を育ててきたと思ってるんだ!」父はそんな事を言って、私の体に覆い被さってきました。

 

ックスという言葉を、この時私は初めて聞きました。父の体は重くて私の力ではどうにもならず、体が壊れてしまいそうでした。

 

ツいぞぉ、締まって気持ち良いぞぉ、靖子!」父が悪魔に見えました。いつもの優しい父ではありませんでした。

 

も、これが父の本来の姿だったのです。その以前から、私はエッチな事を想像すると、乳首がパンパンになって、ムズムズする感覚になると気付いてましたが、それと同じ事が私の体に起きていました。

 

しいくらいに、私の体は正直に反応していました。父は突如、私を強く抱き締めながら動きを止めました。

 

内に入ったオチンチンは、私の体を貫くみたいに押し入って来ました。父は、「あぁっ、あぁっ」と唸り始めました。

 

ばらく唸り続けた後、ようやく私から離れました。オチンチンが被ったゴムの先端に、オシッコとは明らかに違う、濁った液体が溜まってました。

 

日はこれくらいでお終いにしてやる。明日からは毎晩、俺の竿磨きの特訓だからな。親孝行のつもりで奉仕しろ」父はそう言って、全裸のままの私を放置して、部屋から出て行きました。

 

は訳が分からなくて、怖くて歯がガチガチ鳴るくらい震えて泣いてました。翌日からは、ほぼ毎晩父にレイプされました。

 

分が恥ずかしい行為をさせられているなんて、誰かに打ち明けるなど出来る訳ありませんでした。学校ではいつも通り明るく振る舞い、夜は父にレイプされる。

 

んな日が続きました。ただ訳も分からず辛いだけだったレイプも、次第に快感を覚えるようになりました。

 

を追う毎に、少しずつ快感は増していくように感じました。いつしか私は、抵抗する事も諦め、父のオモチャになり果てました。

 

理矢理に快感を感じさせられる、屈辱の日々でした。父は産婦人科医です。

 

全日を確認するためだったのでしょう。私の生理の周期を把握するため、生理が来たら報告するよう義務付けられました。

 

して生理の予定が近付くと、父にゴムを着けずに犯されました。ゴムを着けている時は、ゴムの先端に溜まる液体を、この時は膣内に、直に何度も流し込まれました。

 

の液体が何なのか。それがどういう行為なのか、まだ私は理解していませんでした。

 

ぜこんな酷い事をするのか、父に聞いても答えてくれません。「優子(私の母)みたいに逃げられると思うなよ。キツキツのマンコがユルユルになるまで犯してやる」と罵られました。

 

晩無理矢理に裸にされ、罵られながら、平手打ちされながら犯され続けました。そしてある日、最初に犯された夜に知った、セックスという言葉が気になって、辞典で調べました。

 

わゆる生殖行為である事を知り、愕然としました。ゴムを着けていない時は、赤ちゃんが出来る種を自分の体の中に植え付けられているんだって、悟りました。

 

のままでは私はいずれ父の赤ちゃんを宿してしまう・・・。屈辱と不安で、私は地獄に突き落とされた気分でした。

 

して、忘れもしないあの日。クリスマスイブの夜でした。

 

だ10歳だというのに、既に軽く百回を越すセックスを経験していました。初めて、私は絶頂を知りました。

 

う死んでも構わないって思ってしまうくらい、強烈な快感でした。力が抜けきって、失禁までしてしまいました。

 

の快感は、子供だった私にはあまりにも強烈過ぎました。その絶頂を機に、私は快感の虜になりました。

 

校で授業に使う縦笛を使って、学校のトイレに籠もって何回もアソコに挿入しました。レイプから始まった近親相姦も、絶頂を知ってからは、レイプから逃れたい自分と、絶頂を期待する自分が、常に胸の中で同居していました。

 

して私が11歳になった誕生日の3月22日の夜でした。私の膣の中でゴムが裂けて、生理2週間後というタイミングで、膣の中で射精されてしまいました。

 

そらくそれがきっかけで、遂に恐れていた受胎をしてしまいました。近親相姦のレイプによる、小学5年生、11歳の妊娠経験は、死にたいくらいの屈辱でした。

 

理が来ない事から妊娠が分かると、すぐに父の手で堕胎させられました。堕胎したとはいえ、一度妊娠を経験してからは、それが原因か分からないけど、急に私の体が大人びてきました。

 

胎して2~3ヶ月で、バストは急にCカップに膨らみ、小学校を卒業する頃にはEカップにブラを新調です。早熟過ぎる体型が恥ずかしくて、コンプレックスになりました。

 

の間も父のレイプは続き、毎晩のように絶頂を味わいました。中学生になった頃には、顔は童顔のままなのに、体つきは完全な大人でした。

 

きな男子も出来て、それなりに仲良くなれたし告白もされましたが、近親相姦漬けの毎日を過ごす自分が汚らわしくて、恋愛などする気にすらなれませんでした。そして、レイプされ続けた中学時代。

 

年生の時は、父はたまに危険日であるにも関わらず、膣内で避妊しないまま射精されました。その年は、1年間で3回も妊娠中絶しました。

 

の中には、赤ちゃんが出来なくて悩んでいる女性も大勢いるのに、私は13歳にしてもう4度も妊娠です。惨めでした。

 

々私は華奢な体格で、手足は細く、ウエストもコーラの瓶みたいにくびれてるのに、中学3年になった頃には胸だけ異常に豊満になりました。早過ぎた性交渉、早過ぎた度重なる妊娠、そしてこの頃には既に千回を越していたセックス回数。

 

長期のうちにこれだけの経験をしてしまった影響かも知れませんが、既にGカップのブラですらキツくなっていた私は、制服のセーラー服の胸元がパツパツで、異様に突き出してました。ちょうどその頃、休みの日に新宿で雑誌のカメラマンにお願いされて、スナップ写真を数枚撮られました。

 

れがある週刊誌の『街で見かけたS級美少女撫子』という特集ページに、何人もの女性のスナップ写真が掲載されている中、私が特に一際大きく載ってしまいました。“ジュニア離れの容姿と美顔“とか“美バスト、美脚、美貌、三拍子揃ったプラチナガール“とか書かれました。

 

れが学校で話題になってしまいました。ちやほやされるのではなく、蔑みの眼差しで見られました。

 

ずかしかったし、男子からは『牛女』とか『奇形児』と冷やかされ、やがて嫉妬からか女子からも、陰湿なイジメを受けるようになりました。教室の机やノートに、異様にバストの大きさを強調した裸の絵を落書きされ、チェキで撮った私の写真の顔を切り取って、そこに貼られました。

 

ラスメートからも、父からも、私の人格を否定されたも同然でした。私には頼る味方なんかいません。

 

して一学期の半ば頃から、登校拒否をするようになりました。でも私に逃げ場はありませんでした。

 

校拒否をしている間は、ずっと自宅に裸で縛られて監禁され、昼も夜も父に毎日レイプされました。イジメを理由に、2学期からは違う中学校に転校しました。

 

験で頭を痛める時期です。友達も出来ず、すっかり根暗になった私は、その中学校でもイジメられ、私の学校生活はメチャクチャになりました。

 

は毎晩父にイかされてメチャクチャにされました。自分の日常は完全に壊れ果てました。

 

神もボロボロでした。自殺すら本気で考えました。

 

も、皮肉な事に、レイプによる絶頂への渇望が、自殺を踏み留まらせました。あの天国みたいな快感を、また味わいたい・・・。

 

は、既に絶頂中毒になっていたのです。高校生になると、中学時代とは逆に沢山の男子から親しくされました。

 

校の生活は楽しかったですが、やはり恋愛はする気になれませんでした。そして、高校2年生の7月。

 

校中に歩いていたら痴漢に襲われ、近くの雑木林に捨てられていた廃車のマイクロバスの中に引きずり込まれ、名も分からない男に夜になるまでレイプされました。避妊すらしてもらえず、数回膣内に射精され、しかも私は5回も絶頂まで達してしまいました。

 

753回目のセックスは、近親相姦ではない初めてのセックスでした。結局、レイプでしたが・・・。

 

の晩も父にレイプされました。私の膣から、他人の精液が溢れてきたのを見た父は、私が誰かとセックスしたと悟りました。

 

怒されました。平手打ちを何度もされながらレイプされ、膣の中で射精されました。

 

はいつも私を平手打ちします。私はもうその平手打ちの痛みまで快感に感じるほど、壊れていました。

 

もなく5度目の妊娠。もう父の赤ちゃんか痴漢の赤ちゃんかなんて、分かりません。

 

娠4週目に、父に堕胎させられました。汚れるだけ汚れきった私は、レイプされるためだけの女だって感じました。

 

がて進路を決める時期になり、ようやく父から逃げ出すチャンスが訪れました。私は、小学生の頃から夢だった声優を目指す事にしました。

 

して、第一希望の専門学校に入学出来て、何とか父との生活にピリオドを打てました。家を出る前の日の晩までレイプは続きましたが。

 

とは、2096回セックスしてしまいました。知らない痴漢によるレイプを含めると、2097回。

 

姦なんて一度もありません。それ以来、実家に帰ってません。

 

度と戻る気もありませんし、当然父には私の住所を教えてません。恋愛は、まだする気になりません。

 

ックスも、家を出てからはしてません。絶頂中毒なので、オナニーで何とか凌いでいます。

 

イプされ続けた日々は忘れたいのに、体はセックスを求めてしまい、苦しい日々です。2度とレイプされたくない自分と、誰でも良いからまたレイプされて絶頂を味わいたい自分が、未だに胸の中に同居してます。

 

う、正直セックスしたくて我慢出来ない状態です。次にする2098回目のセックスは、生まれて初めての和姦であって欲しいです。

 

来Iカップ声優がデビューしたら、それは私かも知れません。

お父さんと友達のMちゃんは誰にも秘密のエッチな関係を結んでいました

目安時間:約 13分

2の時の話です。クラスで仲のいい友達の中にMちゃんって子がいて、私の家に遊びに来ることがあったんですよ。

 

はパートに出かけていて、リビングで父が新聞を読んでた父が私の部屋に連れて行こうとするMちゃんに「いらっしゃい」と声を掛けたのが二人の初めての出会い。部屋に入るなりMちゃんが「Hのお父さんって若ーい!カッコいいしうちのオヤジと段違いだよ、ファンになっちゃおうかなーっ」と言い出して・・・。

 

かにうちの親は20そこそこで結婚してすぐ私が生まれたから、まだ40前だし、父はほとんど毎週草野球やってて体も引き締まっててオヤジ臭くないんだけど、普段のオヤジっぷりを見てる私としては「あんなのファンになるようなもんじゃないってー」と受け流してた。それからMちゃんは積極的に私の家に遊びに来るようになっては「お父さんいないの?なーんだ、残念」とか言うから私は内心おいおいマジかよって笑ってたんだけど・・・。

 

曜日にMちゃんが遊びに来るって言ってて、私は約束の時間の前にファッション誌を買っておこうと本屋に行った先で中学時代の同級生とバッタリ。ついつい話し込んじゃって気が付いたらもう約束の時間。

 

バイ!と20分送れて家に帰ると、もう家に来ていたMちゃんはリビングで楽しそうに父と話してた。「ごめんねー、時間は分かってたけどすぐ戻るつもりで行った本屋で友達と話し込んじゃってさー」「ううん、気にしないよ、おじさんとの話面白かったし。話してみたらやっぱおじさんだね、若者の話題について行けなかったしさぁ。ちょっとガッカリ?」「あれでも中年なんだからなーんにも特別なんて事ないってば」Mちゃんとはそれからファッション誌読みながら流行の服とかチェックして、今度コレを探しに行こうとか隣のクラスの誰それが付き合ってるとか話をして、また学校でねーとMちゃんが帰って行った。

 

の日の晩、晩御飯を済ませてリビングで野球を見ていた父が、「今日来ていたMちゃんだっけ?すっごいよく喋る子で圧倒されたな、世代の差を感じて自分がオジさんだって痛感した」と言いつつも嬉しげな様子に私はちょっとむかついた。Mちゃんは友達の中でもスタイルのいい子で胸も私より大きいし、別にファザコンでもなかったけど、父の中で私よりMちゃんの順位が上になったなと思うと内心複雑だった。

 

に入るのは勝手だけど、Mちゃん彼氏いるんだからね?」「えっ、そうなのか。それも当然か・・・」と父ションボリ。

 

まぁみろ。私はファーストフードでバイトをしてて、別のバイトの子が明日急に休まないといけなくなった、代わりにシフト入って欲しいと頼まれて、「こいつ多分デートの約束でもしてるのか」と内心ムカつきつつもまぁ稼げるかと思ってOK。

 

の友達Yと服見に行こうと約束してたのはキャンセル。ところが、いざ日曜行ってみると店長から「そんなに忙しくないよ、悪いけど人数間に合いそうだから帰っていい」と言われ、私の今日の予定はどーなるの!?と思いながらも帰宅・・・したのが運命の分岐点。

 

だ午前だし、家でもう一眠りして昼ご飯食べたら誰かと連絡取って出かけよう・・・とか思いつつ、家に帰ると玄関にお父さんの靴と、女物の靴。お母さんはパートに出てるし誰?お父さんの客?と首を捻ってると客間から聞こえる女の人らしき「あぁ・・・」と呻き声。

 

思議に思って、ドアを開けようとすると──裸のMちゃんにこれまた裸のお父さんが上になってるよ!信じられない光景に私の頭は思考停止。ちょっとだけ開きかけたドアの隙間から私が覗きこむ形になって、私に二人は気付いてない様子。

 

これ!?何!?なんで!?どーなってるの!?とそれしか頭に浮かんでこなくて、飛び込む気にもなれなくてじっと二人の様子を見続ける私。お父さんはMちゃんの大きくて形のいいおっぱいにしゃぶり付きながら、Mちゃんのアソコに指を入れている。

 

のいる角度からはモロに見えないけど、どうやら指が二本入ってるみたい。ちゃんと二人の姿は見えないけど、音ははっきりと聞こえてくる。

 

父さんがMちゃんのおっぱいを舐める度にチュバチュバって聞こえるし、その音に混じってクチャクチャと水っぽい音が聞こえてくる。Mちゃん、お父さんにおっぱい舐められて、アソコかき混ぜられてすっごく感じて音がするくらい濡れてるんだ・・・。

 

二人の姿に見入ってると、私の下半身もジーンと熱くなって来た。触らなくても濡れ始めたのが分かる。

 

、この異常な状態に感じてる・・・。「あっ・・・あ・・・あ・・・!」途切れ途切れに聞こえてるMちゃんの小さな叫びみたいな喘ぎ声。

 

折ビクリと体が跳ねている様子で尋常でない事が分かるけど・・・流石はお父さん。20年近くもお母さんの相手で仕込んだテクはMちゃんには凄過ぎるようです。

 

うしばらくもしない内に、Mちゃんは力なく床へと崩れ落ちました。イったんだ・・・。

 

ぁ、Mちゃん。Mちゃん一人だけイっちゃってズルイな。おじさんのも気持ちよくしてくれないかな?」その声にMちゃんがのろのろと起き上がると、お父さんの股間へと顔を寄せて・・・。

 

父さんの大きくない!?てゆーか大きいよ!!男の人のサイズに詳しい訳じゃないけど、長いとは言えないけど太さはコーヒー缶くらいは確実にあったよ!すご・・・私が3つか4つの時にお父さんとお風呂入って、変な物が付いてるなーとは思ったけど、こんなになるとは・・・。Mちゃん大丈夫!?無理なんじゃないのー!?敷いてあった布団にMちゃんが寝転ぶと、お父さんが上から覆い被さってMちゃんにあてがうとゆっくりと押し込んでいこうとする。

 

度私からは後ろ向きにその部分がモロに見えて、嬉しいやら気持ち悪いやら。お父さんも分かっているようで、慎重に、ゆっくりと入れて行く。

 

っぱキツいか・・・?」「うあぁ・・・っは、んぅっ・・・ん!」Mちゃんの声が痛みの為か、お父さんのにアソコが一杯に押し広げられるのが気持ちいいのか、辛そうな響きを帯びる。目が釘付けの私はMちゃんの心配なんかどっかにぶっ飛んでいた。

 

っと全部入ったね、動くよ、大丈夫?」「はい・・・大丈夫だから動いて下さい」お父さんがゆっくりと上から覆い被さったまま、腰をゆっくりと振り始めた。「はぁ・・・あっ、すご・・・い!」見てる私も凄いです。

 

と女が繋がってるモロ部分なんて裏ビデオを見た事がなかった私には眩暈がする位衝撃的でした。Mちゃんの液でお父さんのおちんちんが濡れててらてらに光ってて、Mちゃんのアソコも目一杯広がりながら出入りするソレを受け入れてて、Mちゃんのアソコがぐちゃぐちゃにされて、Mちゃんのアソコからは液がどんどん流れ落ちていて、Mちゃんは「あっ!ひぃ・・・ああーっ!」と声を上げて、Mちゃんすっごく感じてて・・・。

 

ばらく続けているとMちゃんのがお父さんに馴染んで行くのか、お父さんのスピードが徐々に上がって行ってました。Mちゃんの声は甘いなんてもんじゃなくってもうほとんど悲鳴で、最後に甲高く「やぁ・・・っ!」と声を上げてイっちゃったみたい。

 

父さんもそれを見て取ると暴力的にペースを上げて、Mちゃんのおなかの上に出してました・・・っておいおい、生だったんだ!?ようやく二人の行為が終わって、部屋の中の二人も私もしばらくぼーっとしてたけど、唐突に私は我に帰って、こっそりと足音忍ばせて自分の部屋へと戻りました。もうムズムズして仕方なかった私がオナったのは言うまでもありません。

 

屋に入るなり私はすぐさまGパンを脱ぎ捨て、ベッドの上に寝転びました。二人の行為を覗き見してた間ずっと濡れていたので、ショーツはもうグショグショになっていました。

 

うやく自分の思うままに触る事ができる・・・。ショーツの横から指を入れてヒク付くアソコを触った途端、たまらない快感が下半身を襲う。

 

ぁっ!」無意識に出た声の大きさに、私は下に聞こえたかもと我に返りました。そのまま動きを止めて、二階へと向かう足音がやって来ないか様子を伺っていても何も感じられず・・・。

 

度は大きな声を上げないようにしようと心に誓って、アソコにあてがった指をゆっくりと動かし始めました。また広がっていく快感に、押し殺しぎみの声が漏れる。

 

ぁぁ・・・・」彼氏とのHで愛撫された時よりずっと濡れていたと思います。私のアソコはもう既にいつでも男性を迎え入れられる状態になってぱっくりと開いていて、軽くあてがっただけの指先がつるっと吸い込まれるように中へと迎え入れられました。

 

父さんの指先のテクニックでMちゃんはどれくらい感じたんだろう?きっと、中で指が二本絡み合うように動いていたんだろうか?それとも、中を押し広げるように広げていたのか、中を擦るように動かしていたのか・・・?ハッキリと見えていなかっただけにHな想像が私の頭の中に次々と現れ、自分のアソコでそれを試す。なんとなくHな気分になってやってるいつものオナニーとは感じ方は別世界でした。

 

は夢中でアソコの中の指を掻き回し続け、大きくなったクリトリスを軽く擦っただけで軽くイってしまいました。息を落ち着かせている間も想像の中の二人のHは進んでいて、お父さんがMちゃんに太い物を入れていこうとします。

 

は化粧棚からヘアスプレーの缶を手に取って太さを確認すると、慎重に入れて・・・冷たいアルミ缶の感触に腰が逃げそうになりましたが、アソコが目一杯開かれる感覚に辛抱してそのまま押し込みます。あぁ、太い・・・私の中、一杯になってる・・・。

 

はお父さんに犯されるMちゃんになったつもりで、今までに入った事のない太さをゆっくりと動かし始める。その圧迫感に私は気がどっかに飛んで行きそうになって、それを必死で堪えながらスプレー缶を動かしました。

 

のアソコからグチュグチュと音が聞こえ始め、その音に私はどんどんいやらしい気分になって、腰がどんどん押し寄せてくる快感から逃げようと勝手に動き始めます。それでも私は缶を動かし続け、そう何分もしないうちにイってしまいました。

 

るゆると抜いた缶は私の液でヌルヌルになっていました。あんなに太い男の人の入れられたら、缶とは比べ物にならない位気持ちいいんだろうなぁ・・・となんとなく思いつつ、余韻にひたっているうちに私はまどろんで来ていつの間にか寝入ってしまい、気が付くと正午になっていました。

 

ナニーの後処理をしてからそっと下に下りるともうMちゃんは帰っていたようで、リビングでお父さんが新聞を読んでいました。「な、なんだ、帰っていたのか?お前・・・バイトに行ったんじゃないのか!?」お父さんのあまりの狼狽振りに私はしれっと言葉を返す。

 

ん、応援いらないって言われたから、適当に寄り道しながら帰ってたよ?気付かなかった?」「そ、そうか・・・」そっけない私の反応にお父さんはMちゃんが帰った後に私が帰ってきたと思ったんだろう、途端に安心した。「なぁんかお父さんよそよそしいなー。エロビデオでもこっそり見てた?」「ま、まぁな・・・母さんには秘密だぞ?」「そんなの言われなくたって言わないし言いたくないわよ、お父さんのスケベー」と私、嫌そうな顔。

 

当は何をしてたか見てましたよ、娘は。ばっちりと。

処女を喪失したその一週間後には、義父にも体を捧げていた私の不倫体験談

目安時間:約 8分

の産みの両親は、私が高校1年生の時に離婚して、母がすぐに再婚した義父が家に来ました。母は中学の教員で夜中しか家にはいません。

 

父はぶっちゃけるとヤクザさんで、家に来た時からずっと無職なんですが、どういう訳かお金は持ってて、母も一応公務員で結構裕福な家庭です。高校生の時は、学校から帰るといつも義父は家に居て、だから義父と不倫の関係に落ちるのに3日くらいしか掛かりませんでした(笑)義父のことは、母の前では「おとうさん」って呼んでるんですが、普段は名前で呼んでます(でもここでは一応“父“って書き方にしておきます)。

 

が再婚する前の父とは元々知り合いで、家に何度か来たことがありました。どうして母と前の父が離婚したかは知りませんが、たぶん今の父が何かしたんだと思います。

 

も今の父を選んだ母と同じで、昔のおとうさんはあまり好きじゃなかったし、正直どうでも良かった。でも、普通は奥さんが出て行くはずだから絶対何かあったと思います。

 

くは考えないようにしますけど・・・。さて義父との関係ですが、義父は当時34歳くらいでしたが、実年齢より見た目は若く20代にしか見えませんでした。

 

けないことかもしれませんが、家に来て1日くらした時から“カッコイイな“って思ってました。母は普段は仕事に出掛けてるので、夕方から夜までは父と私は一緒だったんですが、3日くらい経ってからかな・・・。

 

のときは夏で私はテニス部だったので、部活が終わって汗だくで家に帰ってきてシャワー浴びてたんですが、父との同居生活はまだ短かったので、癖で浴室のドアに鍵も掛けないでシャワー浴びてました。そのとき、いきなり父が脱衣所のところまで入ってきて、服を脱いだんです。

 

は焦って、「あのッ・・・ちょっと待ってください」って言ったのですが、無視して脱ぎだしたのでメチャメチャ焦って、浴室と脱衣所の間の半透明のドアに鍵を掛けました。父は普段もの静かなんですが、その時はなぜか、「おい!開けろ!何鍵かけてんだコラ」って乱暴な言い方で怒鳴ってきたんで、男の人に怒鳴られた事が無かった私はビックリして脚がすくんで動けなくなりました。

 

分くらいずっと怒鳴ってるので、言われるままに鍵を開けました。そのまま無言で怖い顔で入ってきて、私は半泣きだったんですが、私の体を頭から足元までジロジロと見られた後に、股間と胸を隠していた両手を掴まれました。

 

「毛薄いな、剃ってるのか?」いきなりの破廉恥な質問に私の顔は真っ赤になってしまいました。目を合わせられなくて俯いたのですが、そのとき初めて父のおちんちんが勃起してるのに気が付きました。

 

のまま、脱衣所に引きずられるように連れて行かれて、バックでエッチしました。恐怖と混乱で必死だったので覚えていないんですが、怖くて気持ちよくなかったことは覚えています。

 

に出されて放心状態のまま倒れこんで、そのまま母と父の寝室に連れて行かれました。裸のまま横幅の広いダブルベッドの中央に投げ込まれ、そこのシーツの肌触りと初めて全裸のままベッドに横たわったときの、空気の肌触りというか涼しさに、それまで現実味がなかった出来事が本当の事なんだと頭で理解出来ました。

 

は父の方を見て、父の全裸の姿をそのとき初めて直視しました。思ってたよりもすごく筋肉質で、服を着ている時より肌が黒いと思いました。

 

のまま父は襲い掛かるように、掛け布団もないベッドの上にいる私に向かって覆いかぶさってきました。私は、「嫌っ、嫌っ、やめてください!」と抵抗したんですが、顔を手のひらで一発パーンとビンタされ、そのまま抵抗をやめました。

 

は処女ではなかったんですが、そのときのちょうど1週間くらい前が貫通記念日だったので、心臓の鼓動がすごく速くなりました。肌をしばらく擦り合わせて唇を舌まで奪われたあとに、強引に四つん這いにされて、バックから貫かれました。

 

ごい破壊的におっきなアレがずぶずぶと入ってきて、私はすぐにイッてしまいました。脱衣所でやられたときは感じなかったのですが、そのときは何故かあそこが濡れてて、思いっきり突っ込まれ、子宮が痛くなるくらいガンガン突かれて、喘ぎ声も出ました。

 

は絶倫で、さっき出したのに、5分も経たないうちに勃起してて・・・。アレの大きさも尋常じゃなくて、太くて長くて大きくて、イボイボがありました(後から聞いた話では真珠を入れているらしかった)。

 

かもベッドの上で2回目の射精までしました。母の帰宅時間は7時なんですが、それから6時くらいまで5時間くらいの間、何度もエッチしてイカされました。

 

初の何日かは苦痛でしかなかったのですが、いつの間にか父とは毎日セックスするようになり、どういうわけか私は父を好きになっていきました。最初は中に出していたのですが、さすがに避妊はさせられました。

 

ルを飲まされていたから中出しには変わりなかったんですが(笑)そういう生活が続いて1年くらいしたときに、完全に避妊しているはずだったんですが体調がすごく悪くなって、生理も元々不規則な感じだったので気が付かなかったのですが、病院に行ったら妊娠していることが判りました。父にも母にも言えず、それを知った私は現実逃避したり、リストカットをしたり、登校拒否になって教師から心配されたり、最悪なのにはマラソンで死ぬほど速く走って、『もし本当に妊娠してたら流産してる』って現実逃避して気を紛らわせたり、『妊娠してたらもっとお腹大きくなってるし』と自己暗示をかけるようにまでなりました。

 

も時間はどんどん無常にも過ぎていき、お腹はそれほど目立たなかったのですが、乳首が黒ずんだり、体のラインが変わったりと、さすがにセックスしている途中で父には気付かれました。信じられない話ですが、妊娠6ヶ月くらいまで私はお腹の中に赤ちゃんを孕んでました。

 

は、「おかあさんと離婚して、私と結婚してもいい」って言ってくれたりしましたが、私は母を裏切る事なんて出来なかったです。結局、毎日悩んで、学校も半年休業して、父には毎日抱かれ、母には毎日必死な思いで妊娠を隠して、精神的に壊れてしまって、結局それが原因なのか分かりませんが自宅で流産しました。

 

産した赤ちゃんは、足がつく前に父が焼こうとしたんですが、私はそれだけは出来なくて、父の目を盗んで流産した赤ちゃんを埋めて、お墓まで建てました。大学に入った今でもそのときのトラウマは引きずって、義父には相変わらず抱かれて、それでも義父を愛してしまって、母が帰ってくるのが鬱陶しくなったり、義父のヤクザの組織の慰安旅行に連れて行かれて命令されて他の男とセックスさせられたり・・・。

 

を慕う裏で、心のどこかで父が母と離婚して早く私と結婚して欲しいとか、ジレンマの日々は今でも続いています。フィクションだと思ってもらってもいいです。

 

けば少しは気が晴れると思って書きました。

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