告白H体験談

人妻・主婦・母親の禁断告白&エッチ体験談

人妻の不倫情事から主婦の浮気告白に母親の禁断体験や熟女&おばさんとのセックス体験など既婚女性達とのエッチな体験談から母子相姦までご紹介。

旦那とはろくセックスしていませんが、その理由の一つとして叔父とのセックスがあります

読了までの目安時間:約 11分

沙子と言います、41歳の主婦です。
 

旦那とはろくセックスしていませんが、その理由の一つとして叔父とのセックスがあります(イメージイラスト1)

 

夫は47歳、商社に勤めていますが、一昨年の人事で単身赴任中です。
 
子供は一人息子の裕樹で17歳です。
 

旦那とはろくセックスしていませんが、その理由の一つとして叔父とのセックスがあります(イメージイラスト2)

 

私が夫の叔父に言い寄られる格好で関係したのは、6年前です。
 
その頃も、近県でしたが夫は単身赴任中でした。

 

叔父との関係は当初よりずっと頻度は少なくなりましたが、現在も続いています。
 
不動産事務所を経営している叔父には、今住んでいる家の紹介など色々お世話になっていたのですが、そうしたことから口上手に言い寄ってきたのです。
 
そうは言っても私に非がないわけではありません。
 
夫は仕事に多忙で、家庭を顧みる余裕もないようでした。
 
性生活なんて思いついた時に求めてくる程度で、それもおざなりでした。

 

だからと言って、叔父の口説きに応じた正当性にはなりませんが、熟年の叔父の技巧に抵抗できなかったのです。
 
私自身も性的不満から妄想ばかりが先立って、ネットで知り得た少し異常なセックスも夢見たりしていました。
 
そんな妄想を叔父は現実のものにしてくれました。
 
初めは待ち合わせて落ち合い、ラブホに行っていました。
 
1ヶ月くらいすると、叔父は息子が登校したのを見計らって家に来るようになりました。

 

「近所の人に見られたら・・・」不安を口にしても叔父は意に介す様子もなく、「叔父のワシが来ても不思議はないだろう」と言いました。
 
家で叔父に抱かれるのは和室でした。
 
そこは客間で、普段は掃除するくらいしか使いません。
 
ただ、玄関を入ってすぐ左手で、窓から内庭やフェンス越しの通りが見えるんです。
 
抵抗できないまま叔父に抱かれ、やがてどうしても声が上がってしまうのですが、私は薄いカーテンを閉じただけの窓が気になって仕方ありませんでした。

 

んな私の表情を見て叔父は、「不安そうな目が艶っぽいな」などと言ってニヤニヤ笑いました。
 
玄関で抱かれるようになったのは、そのすぐ後でした。
 
叔父はドアチェーンは下ろすのですが、ロックしないのです。
 
首を振って「困るわ」と哀願しても、叔父は「大丈夫さ」と言ってその場のセックスを強要しました。
 
壁に背中や胸を押しつけられ、片脚を抱えられて、前からも後ろからも立位でセックスしました。

 

もちろん玄関でセックスした経験などありません。
 
私にしてみれば異様な場所でした。
 
でも異様な場所でするセックスは私の妄想の一つで、憧れでもありました。
 
叔父のチンポは夫のよりも屈強でした。
 
その姿も、能力もです。

 

叔父に突き上げられる快感に上がる声を抑えられません。
 
私は口を手で押さえながら喘ぎます。
 
そんな私を見つめる叔父の目がすごくいやらしいと感じました。
 
でも本当にいやらしいのは私なのかもしれません。
 
その頃から叔父は私を『美沙』と呼び捨てるようになりました。

 

恥ずかしく悔しかったけれど、呼び捨ても含めて、叔父に支配されていく刺激を感じました。
 
息子が登校中、家でのセックスは日常的になりました。
 
そして、異常的な行為は徐々にエスカレートしました。
 
ドライブの途中、停めた車内でのセックスも私は初体験でした。
 
海沿いに点在する青空駐車場でした。

 

うした場所ですから、当然他の車も数台停まっています。
 
叔父のセダンはフロントガラス以外濃茶のフィルムが貼ってあり、「まあ、中は見えないはずだが」と言うのですが、他の車からの目が気になって仕方ありません。
 
キスをされ、襟元に手を入れられておっぱいを揉まれるだけでも、恥ずかしくて息が上がりました。
 
「どうだ?覗かれるかもしれんぞ、どうする覗かれたら?」私は助手席で首を振って背を丸めました。
 
でもシートに押しつけられブラウスの襟を広げられました。

 

カップが押し上げられて、おっぱいが露出した胸が晒されました。
 
「いやぁ・・・、だめぇ・・・」露わな胸が叔父に揉まれました。
 
腕を押さえられているので隠せません。
 
他の車からの視線が気になり、恥ずかしくて仕方ありません。
 
「嫌がる割には乳首が尖ってるじゃないか、え、美沙」
「ちがいます・・・」
「違わんさ、それはな、美沙がマゾだからさ。お前はマゾなんだよ」私がマゾのはずなどありません。

 

なのに、叔父の宣告するような言葉に心が揺れました。
 
背筋から腰まわり、下腹部までジンジンしました。
 
その日は車内の初エッチで、叔父の指であそこを掻き回されて何度もイカされ、そして叔父の性欲の処理に口を使わされました。
 
一度の体験は次へのエスカレートを意味していました。
 
玄関でのセックスも、外とはドア一枚でしか遮断されていません。

 

車も窓はフィルムで遮断されていますが、玄関以上の際どい空間です。
 
私の常識ではあり得ない行為でした。
 
それなのに、叔父に徐々に慣れている自覚がありました。
 
慣れるというより、心のどこかが求めているようでしたし、叔父の強要そのものに刺激的な興奮を感じていました。
 
少学校の夏休み、私の姉の子供たちが隣市に住む両親の家へ1週間泊まりに来た時でした。

 

から電話があり、「浩樹もこっちへ来たらいいのに」と言うので、私は息子を連れて行きました。
 
息子は従妹と久しぶりに会って喜んでいました。
 
その晩、私は一泊して帰りましたが、息子は姉の子たちが帰る日まで実家に残しました。
 
息子まで不在になったその日、叔父に求められて初めて夜に外出しました。
 
夜の外出は不貞と興奮に包まれましたが、叔父が家に迎えに来て指示した言葉はそれ以上の刺激をもたらしました。

 

叔父は、「下着を着けるな」と命令口調で言い、「前ボタンのワンピースはあるか?」と付け加えました。
 
春先に部屋着用にギャザーワンピを2着買っていました。
 
1枚は藍色、もう1枚はオレンジでした。
 
指示されてオレンジのワンピを着ました。
 
下着を着けずにワンピを着たのなんて初めてでした。

 

でも、叔父に強要される行為は想像できました・・・。
 
「ボタンを外したいだろ、美沙?」叔父が言ったのは、車が大通りへ出てすぐでした。
 
時間はまだ8時前で走行する車は多く、流れはやや停滞気味で、しばらく止まってはゆっくり走り、そしてまた止まるの繰り返しでした。
 
二車線の道路で、叔父は右車線にいました。
 
私の側には左車線の車が繋がっていました。

 

乗用車もあれば背の高いワゴン車、トラックも見えます。
 
「お前のスケベな乳と尖った乳首、見せてやれよ」心臓がすごい勢いで打っていました。
 
こんな場所でワンピのボタンを外せば間違いなく見られます。
 
救いは窓のフィルムの濃さでした。
 
私はワンピの前ボタンにそろそろと指を伸ばしました。

 

父の指示を拒んでも、結局は強制されるのはわかっていました。
 
(濃いフィルムだから見えないはず・・・)祈りながらボタンを外したワンピを広げました。
 
胸の谷間にエアコンの涼風をひやりと感じました。
 
閉じた目をそっと開け、窓の向こうを窺いました。
 
気づいている様子は感じられませんでした。

 

少しほっとして大きく息を吸った、その時でした。
 
先の車のドライバーが窓を開けて何かを投げ捨て、そして後ろを見ました。
 
フロントガラスは素通しです。
 
叔父の年代に近いドライバーのようでした。
 
その目線を感じて、私は襟を閉じようとしました。

 

「隠すなっ!」低いけれど強い声でした。
 
フロントガラスの左先に見えるドライバーの表情がわかりました。
 
思わず横を向いて、それから俯き、固く目を閉じました。
 
「目を丸くして見てるぞ、美沙。お前、よく恥ずかしくないな、路上で乳を丸見せにして」叔父が笑いを含んだ声で言いました。

 

車が動き始めたのがわかりました。
 
叔父は方向指示器を出して右折しました。
 
車の速度が上がっていきました。
 
そっと目を開けると、車は少なく、もう見られる不安はなさそうでした。
 
緊張が解けると改めて羞恥に襲われましたが、同時に悶々とした欲情が疼きました・・・。

 

の夜から三晩続けて露出ドライブに連れ出されました。
 
そして三日目の夜、海辺の砂浜前の堤防の脇に車を停め、叔父と二人で散歩をしました。
 
堤防下の道の横は防砂防風のための松林でした。
 
何メートルおきかに手作りのベンチが置かれてあったので人影は見えませんでしたが、無人だったとは言えません。
 
松林の中へ促されて入った時から私は覚悟していました。

 

その夜、家を出てすぐ叔父に言い含められていたからです。
 
「さ、決心できただろう」ワンピースのボタンを外すと、叔父に毟るように脱がされました。
 
私が身に着けているのはミュールだけでした。
 
叔父は少し離れて私の野外全裸姿を眺め、「マゾ度が高くなったな、美沙」と言いました。
 
それから数メートル奥に入り、松の幹に両手をついてお尻を突き出す姿勢を命じられました…。

 

叔父との関係は次第に私の生活の一部になりました。
 
関係前にしていたオナニーの頻度は減ったのは、叔父のセックスで得られる快感が素敵だった証だと思います。
 

息子の嫁はとても甲斐甲斐しくて、下半身の世話までしてくれるんだ

読了までの目安時間:約 8分

(隆弘63歳)、妻は3年前に病気でなくなり、今は独身。
 

息子の嫁はとても甲斐甲斐しくて、下半身の世話までしてくれるんだ(イメージイラスト1)

 

一人息子(弘志38歳)とその妻(朱実33歳)と3人暮らし。
 
2年前から、同居しています。
 

息子の嫁はとても甲斐甲斐しくて、下半身の世話までしてくれるんだ(イメージイラスト2)

 

息子夫婦は、結婚してもう10年が経ちますが、子供はいません。
 
妻がまだ健在のときにかなり孫をせかされ、嫌気が指し、今となっては、夫婦の行為すら、かなり回数が減っているらしいのです。

 

ちなみに、3ヶ月ほど前のことなのですが、私が体調を崩してしまい2週間家で寝たきり状態になったときのことです。
 
毎日、朱実さんに食事の世話から、トイレの世話、体を拭いてもらったりと、普段当たり障りない会話がほとんどなのに、すごくやさしく接してくれ、体調も確実に回復していきました。
 
正直、朱実さんに体を拭いてもらうのは恥ずかしかったのですが、恥ずかしがると逆に朱実さんが意識してしまうと思い、普通に接しました。
 
朱実さんは独身時代に看護師の経験があり、慣れた手つきで、体を拭いてくれました。
 
もちろん、私の下半身も、躊躇なくきれいにしてくれました。

 

食事も私の体に合わせ、上手に作ってくれました。
 
そうこうしているうちに、2週間が経ち、私も体調が回復し、もう自分で何とかできそうになったころです。
 
朱実さんも私の体調が戻ったことがわかった様子で、「お父さん、お世話できるのも今日で最後にしましょうね」といってきました。
 
もちろん私もそのつもりでした。
 
いつものように、朝食をもらい、体を拭いてもらうことになりました。

 

しかし、いつもと違うことがありました。
 
それは、朱実さんの服装です。
 
いままで、首の浅いTシャツと、ジーンズだったのですが、この日に限っては、胸元の深いカットのカットソーに膝上15センチはあろうかというフレアのミニスカ姿なのです。
 
いままでも実はお世話してもらっている間、かなり勃起を我慢してきました。
 
しかし、その日は正直、我慢できる自身はありませんでした。

 

父さん、今日は最後だし、今まで以上に、めいいっぱいきれいにしますね」そういって、朱美さんは私の上半身から拭き始めました。
 
カットソーの胸元がざっくりと開き、朱実さんのおっぱいがちら見えしました。
 
実は朱実さんは巨乳の持ち主で、95センチ以上の、Gカップはあるでしょうか。
 
体を拭きながら、朱実さんの大きな乳房は左右に揺れるのがわかりました。
 
「次は、下半身拭きますよ、リラックスしてくださいね」そういうと、両脚を拭き始めました。

 

いつもは、体ごと下半身へ移動するのに、その日は、お尻を私のほうへ突き出し、足を拭き始めました。
 
今度は、目の前に朱実さんのお尻があり、左右に揺れながら、拭いてくれました。
 
おっぱいと違い、お尻は88センチぐらいですが、ぐっと上向きではりのあるお尻です。
 
しかも、ミニスカから、かわいいピンクのショーツあ見え隠れします。
 
もう私の下半身は限界に近づいています。

 

朱実さんはさらに、脚の付け根へと手を動かし、微妙に股間に近づきます。
 
すでに、パンツの中では、硬く勃起状態です。
 
「お父さん、じゃあ最後に大事なところ拭きますね、緊張しないでくださいね」そういって、パンツを摺り下げました。
 
もちろん私の下半身は硬く上を向き、勢いよく、パンツからこぼれ出ました。
 
朱実さんは、何もなかったかのように、体を拭き続けました。

 

「朱実さん、今日はこれくらいにしとこうよ、後自分でできるし、、、」私は、自分の思いと逆のことを言ってしまいました。
 
「お父さん、本当は病気じゃなかったんじゃないですか?こんなに元気になっちゃって?弘志さんより立派かも?」
「そんなこといわれても、困るよ、、。弘志とうまくやってるんだろ?」
「そんなことないんですよ、こんなこと、お父さんに言うと、心配されるかもしれないけど、、、。もう3ヶ月以上してなくて、、、。お父さんがこんな元気なら、私お父さんに気持ちよくしてほしい。2週間私も我慢してきたんだけど、今日は抑え切れなくて、こんな格好で、、、。でも元気なお父さん見て、この格好でよかったって、、。後悔してない。」
「馬鹿なこと言うなよ、私から弘志に注意するから、考え直そう、」
「そんなこと言って、さっきからお父さんの下半身さっきから何度も反応して、ツンツンと動いてるの、私の中にこの硬い下半身が入ってくると思ったら、我慢できない」もう私もとっくに我慢の限界を超えていました。

 

の年になっても下半身は元気で、家内がなくなって、息子夫婦と同居するようになり、実は風俗通いが復活していたのです。
 
しかも、最近では字は違うものの、明美さんという女性と出会い指名し続けていたのです。
 
そう実は、本物の朱実さんとどうにかなることも少し期待していました。
 
「わかったよ、朱実さん。これからのことは、絶対二人だけの秘密だ、もちろん約束できるね」
「お父さん、もちろんです。私、お父さんのこといっぱい気持ちよくしてあげるから。」2人の気持ちが決まった瞬間、私は朱実さんを抱き寄せ、キスをしました。

 

舌を絡ませねっとりと、やらしく、キスをしました。
 
同時に、私の両手は、朱実さんのスカートをめくり、ショーツの上からお尻を激しく撫で回しました。
 
朱実さんは、股間を私の硬くなった股間に擦り付け、今まで聴いたことのない、喘ぎ声で悶えています。
 
「お父さん、私が上になるから、無理しなくていいから、中に入れるね」そういうと、朱実さんは、私の上に跨り、右手で硬くなった下半身を自らの穴へと導きいれていきました。
 
「あぁっー、お父さん!私の中に、入ってるぅー、すごくおっきくて、硬いの!気持ちいいっー、こんなのはじめてかも、、、。」そういって、朱実さんはゆっくりと、腰をグラインドさせてきました。

 

私の目の前には、朱実さんのGカップの乳房が激しく揺れています。
 
私は両手で朱実さんのカットソーを捲り上げ、さらにブラを上にずらし、乳房をもろ出しにしました。
 
両手で、乳房を包み込みもみまくりました。
 
朱実さんの腰の動きはさらに加速し、お互い息が上がっていきます。
 
朱実さんの動きに合わせて、私の腰も自然と動き、下から朱実さんの下半身を突き上げていきました。

 

「お父さん!私のこと下から強く突いて!イッちゃうよー!もうだめー!中はだめだけど、私のおっぱいにお父さんのやらしい汁をいっぱいぶちまけて!!」私は、朱実さんを仰向けに押し倒し、Gカップのおっぱいに大量の汁をぶちまけました。
 
これを機に、私たちの関係は1回きりでは飽き足らず、関係を続けていきました。
 

娘の旦那さんの世話を色々としているうちに興奮してきちゃった還暦義母さん、自らセックスを持ちかける……

読了までの目安時間:約 19分

は56歳、主人は58歳の二人暮らしです。
夫婦の営みは少なく多くて月に2回が限度、主人は弱いようですが外に女が居るそうです。

 

(イメージイラスト1)

 

昨年私も不倫して一年足らずに、十数回初老の方とお遊びを致しましたが、余りにも心優しい方で情が移るのが怖くなり、お別れをしたのです。
今は年齢の近いお友達の奥さんに、レズを教わり愉しんでいるのです。

 

昨年の11月とついだ娘も無事に出産し、初孫(女の子)見たいし娘婿さんの食事等の世話の為、喜び勇んで京阪神のアパートに駆けつけましたの。
予定は娘が退院するまでと決めて出かけました。

 

(イメージイラスト2)

 

ずは病院に行き可愛い孫を見て安堵し、2年も妊娠しなかった娘を褒めたたえました。
嫁に出せば初孫の顔が見たいのは、親ばかな考えですが言葉で表現できません。

 

お手伝いする要件を娘に教わりアパートに帰りました。
可愛い娘婿さんのお世話ですが、朝夕の食事や掃除洗濯です。

 

自分の家でなく勝手気ままになりません。
最初の日は娘婿さんも休暇を取り、夕食は外食で済ませアパートに帰り、風呂に湯を入れてから二人お祝い名目で、缶ビールを頂きました。

 

はアルコールに弱いのでほんのり酔った気分でした。
娘婿さんは「先に入るよ」と言い、着ている物を脱ぎブリーフ一枚になって、浴室に向かったのですが、その時に気が付いたのです。

 

既に勃起していたらしく、こんもりと山の様になっていたのが見えたのです。
ご無沙汰のせいか厭らしい事を思い出し、手でオマンコを触ると既に濡れていたので、テレビを見ながらオナニーに耽っていると、知らぬ間に後ろに娘婿さんが、黙って立っていたのに驚き声も出ませんでした。

 

「お母さん綺麗ですよ!俺も当分ご無沙汰なので困っていたんだ、手で扱いて処理していたが、此れを見て限界だよ、お母さんが居るから立ったんだよ、お願いだから責任を取ってほしいな」私は二の句が出ませんでした。
本心から言っているのでしょうし、私も疼いていますから少し間を置き、「お風呂に入らせて・・・」と言い入浴して綺麗に流して、バスタオルを巻き覚悟をして、ソファーに戻ると缶ビール片手に、勃起したオチンチンを触っていました。

 

は傍に座り覚悟を決めて、「娘には内緒にしてよ、こんなオバサンでも良いなら、好きな様にして下さい、娘の変わりが出来るなら嬉しいのよ」と誘ってしまいました。
その気になったのか、「お母さん咥えて欲しいですよ」と、注文を付けてブリーフを脱ぎ、いきり立った見事なチンチンを見せられると、我慢できず大きく口を開き咥えて頭を振りました。

 

主人の竿より立派ですし硬く茎部の血管は浮き上がっています。
此れまで5?6人の男性と関係しましたが、若い男は初めてなのでウキウキ気分になり、ひたすら頭を振っていましたら、「お母さん今度はお返しをしますよ」と、キスから始まり耳からウナジ、そして子供の様に乳房を吸われ、揉み扱かれて揚句の果てはM字開脚にされて、オマンコと肛門を舐められ弄られ一度逝ってしまい、意識は朦朧としていまいました。

 

その後でバックからオマンコを押し広げる様に、娘婿さんのオチンチンがヌルヌルになったオマンコに押し込まれ、腰を激しく振られ数分だったと思いますが。
クリを弄られながらの運動に満足だったのか、声を出していたと事後に聞き顔を隠しました。

 

母さん最高だったよ」と言われ、「お手伝いが出来て私も嬉しいわ」と言い返し、お口で綺麗にお掃除をしてあげると、「お母さん叉お願いします」と頭を下げられたので、「良いわよ貴方のお手伝いに来たのだから」と答えたのです。
私はお風呂でシャワーして隣の部屋で床に就きましたが、眠る事が出来ず、時計を見るとまだ11時なので、隣の娘婿の部屋に再び足を運んでしまったの。

 

娘婿さんも興奮していたのか、パジャマ姿でベットで横になり、暖房をきかせてテレビを見ていましたが、突然の訪問者を歓迎して下さり、厭らしいエロビデヲをセットして、私の着ている物を取り去り、自分も全裸になると既に半立ちになっていました。
愛撫は程ほどにして硬さが増したオチンチンで、串刺しにされ正常位で一度出され、次にはアナルを弄られお尻で受け入れてしまいました。

 

私はアナル経験者なのでさほど痛みもなく挿入出来、直腸に娘婿さんの射精を受けたのです。
そのまま同じ床で一夜を過ごし、朝6時ごろにオマンコに出され、4回も体内に若い精液を受け入れ大満足でした。

 

食はトーストと牛乳と目玉焼きで我慢してもらい、機嫌良く出社して行きました。
娘が孫と退院するには普通でも、一週間はかかりますので、この様な事が毎日かと思えば、嬉しかなしながら不安にも思ったのでした。

 

娘に対する罪悪感が今にも思い出されるのです。
私は一年ぶりに一夜に4回の射精を受けたのですから、娘婿さんが出勤されてからは、朝食の後片付けを済ませると、昨夜の行為のせいなのか軽い疲れで、ソファーに横になると一寝入りしてしまいました。

 

午後は夕食のお買い物を兼ねて、病院に顔を出す予定にしていましたの。
11時前くらいでしょうか、娘婿さんから電話が入り、遅くなるから夕食は不要なので、お風呂だけ用意して欲しいとの事。

 

夜は手料理を食べさせようと期待していたので、理由を聞くとか弱い声で「仕事でミスしたんだよ」と言い電話を切られました。
何事か解かりませんが気になります。

 

朝までに4回も絡みましたので、仕事中にその事を思い出し、ミスしたのではないかと不必要な事を思ったのです。
私も思い出しただけで左手はオマンコを触り、弄っているとジンワリと濡れてきたので、カーテンを閉じてソファーにもたれて、本格的にオナをしてしまいました。

 

お昼はコーヒーだけにして病院の食堂で、軽くウドンを食べて孫の顔を見て、その後抱き上げましたが目をつむり、両手はコブシを動かしています。
娘には似ていない様に見えました。

 

り大きくなかった娘の乳房も大きく見え、母乳も良く出るそうで安心したのです。
4人部屋ですから大きな声で話せないので、小声でヒソヒソとお産に付いて聞いたり、貴方を生んだ時は自宅に産婆さん(今では助産師)が来て取り出したことを聞かせると、黙って聞いていました。

 

帰ろうとした時に娘は小声で、「お母さん悪いけど旦那の心身の面倒も見てやって欲しいの、お願いだから・・・」驚きの言葉を聞き「どうゆう意味なの?解からないわ?」すると娘は「アチラの処理もお願いします、おかあさん」既に昨夜関係を済ませていましたが、知らぬ振りをして、「望むなら構わないけど」良かったわと娘が言いました。
帰る前に聞いたのですが、夫婦で話し合いをしていて、他人の女に手を出すと問題もあり、金銭も掛かるし、父母は不倫の体験者同士を知っていたので、安心して任せられると娘さんの作戦だったと言われ、胸をなでおろす事が内心出来ました。

 

病院を後にして近くのスーパーにより、好きな焼肉とお野菜を買い、早足でアパートに帰り自分だけの夕食を作り、お風呂も済ませおビールを頂き食事も済ませて横になりました。
昨夜の関係は娘の望んでいた事なので安堵でき、2時間も寝ていましたが目が覚めても未だ9時です。

 

だに娘婿は帰宅しませんので、心配は高まるばかりでした。
床に就くわけにもいかずテレビを見ていると、10時過ぎに帰って来たのですが、少し酒臭い臭いがしたので「飲んできたのでしょう、お車に乗って出たのに」乗って帰っています。

 

お帰りと迎えましたが、その後にはオバサンらしく厳しい注意をしてしまいました。
「子供が生まれたばかりなのに今後は飲まないと約束しなさいと」黙って頷いてくれました。

 

何処で飲んだか解からないですが、事故なしに警察のお世話にならず帰って来れたのは幸いでした。
直に風呂に入らせて後で訳を聞くと、「お母さんには関係ないよ、黙って今夜も俺の相手をして欲しいんだ」
私は「訳を聞かないと受け入れませんよ」仕方なしかシブシブと話してくれたのです。

 

容は電話で契約交渉時に金額を間違え、先方のお得意先の上司さん怒鳴られて、揚句の果てには上司も怒鳴られ、交渉がご破算になる話も出て、午後は緊急会議が持たれ、お詫びに社長以下スタッフ6名で、得意先に行く事になったそうです。
今の不景気の時代ですから、5000万円の取引は魅力があったのでしょうが、私にはわからない事でただ聞くだけでした。

 

「お母さん明日から3日間は出張して、相手社長の機嫌取りをしてゴルフ等、夜の接待までする様に」指示されたと言いました。
その関係で今夜も私を抱きたかったのでしょう。

 

一応訳を聞いたのですから、夫婦の部屋に入りお互い全てを脱ぎましたが、昨夜と違い半勃起で元気がありません。
精神的にショックを受けて居るので、したい気持と相反するのでしょう。

 

夜の様に愛撫もしてくれません、私がリードする様にオチンチンや玉玉を、細い白魚の様な指で握り、お口を駆使して吸いなめしていると、時間が掛かりましたが昨夜と同じ位になりました。
でも主人と違い時間は10分足らずだつたと思います。

 

元気になると起き上がりタンスの引き出しから、アナルバイブと膣用の極太いバイブを取り出し、私のバックから多毛でべとついたオマンコの毛を分け差込、次にはアナルにツバを垂らし押し込んで、スイッチを入れられると暫く我慢がしていましたが、ついに声を出し「オマンコに頂戴」と、催促してしまいました。
するとオマンコではなく口に咥えるように言われ、大きく開て受け入れると、座位にさせれれて腰を振り、私の頭は両手で支えてくれていました。

 

唸り続けるニブイバイブ音も無視して、やがては口内に射精され「お母さん飲んでくださいよ」と言われて、全てを飲み込みました、ネバリが強く子供が風邪引きの時に出す、ジンキバナのようでした。
射精しても萎える気配も無く硬いまま、私はオマンコのバイブを抜いてもらい、替わりに15cmあまりのオチンチンが入り、リズミカルに抜き差しされ、すらりとした脚をお尻に巻きつけたのです。

 

には乳房も吸われ叉クリを転がされ、時にはアナルバイブを剥き差しされると、我慢できずに「気持良いわもっと虐めてー」と言ったのは覚えています。
何分間攻められたか記憶に御座いませんが、射精したのか腰をオマンコに目一杯押し込むようにして止まったのです。

 

暫く圧迫されていましたが、オチンチンを抜きアナルバイブも抜かれると、白く粘った液が肛門までダラリとにじみ出てきました。
見た時には自分でも厭らしく感じたのです。

 

「お母さん有難う・・・」の優しい言葉を聞き、二人でお風呂で洗い合い、その夜は別々に床に付き、朝は昨日と同じ様に送り出したのです。
お仕事のお話が上手く治まれば良いと思いつつ、二夜は寂しい思いがするような気がしたのです。

 

は淫乱なのかな?と思えました。
家事の手伝いは二の次になり、娘婿さんの性処理オバサンと思えるでしょう。

 

娘婿さんも3夜目、4夜目とアパートを留守にしたので、一人で暇を持て余しましたが、お掃除をする為各部屋を調べたのです。
夫婦の部屋のゴミ入れにはティシュが丸められて、多く入っていて黄色くシミが付いて、硬く乾いていましたので、娘婿が自分でオナニーしたか、娘が処理して片づけを忘れのだと思いました。

 

例のタンスの引き出しを開けてみると、コンドームのグロス箱が5ケースあり、そのうち一ダースは減っていました。
大人の電動バイブも膣用、肛門用と十数本あり、アナルプラグも二つ見つけましたが、触らずに元に戻したのです、娘も夫婦でアナルプレーをしていたのだと、確信致しました。

 

婦ですから合意で行うならば、どの様な行為でも部外者から口出しを出来ないでしょう。
私のオマンコは思っただけで濡れてきたのが解かりましたが、掃除機で丁寧に吸い取りゴミ箱の中は捨てました。

 

臭いを嗅いでみたのですが何も解かりませんでしたわ。
二日間は病院に面会に行くだけで、話も余り無く少しいただけで直に帰宅したのです。

 

5日目の夜は娘婿は外食を終えて遅く帰り、好きなニギリ寿司も食べず翌朝私が食べたのです。
アパートには遅くなるから食事は不要とルスデンに入っていましたので、私のチョンボだったのです。

 

夜はおそらくさせて欲しいとせがんでくると思いましたが、風呂に入り缶ビールを飲んでいる時に聞きましたら、昨夜の接待の関係上旅館の仲居さんと、2時間愉しんだと白状して妻には言わないでくれと、念を押されたので伝える気はありません。
その夜はお疲れなのかおとなしく寝てしまい、私は想定外の思いをさせられました。

 

翌朝は普通通りに起き朝食時に、私の知らぬ事を聞かされ驚きました。
8日目には病院が満床の為退院する事と、娘婿の姑さん夫婦が前日から一泊しに来ると聞いたのです。

 

その前日には私が居ない方が良いと思い、翌日帰る予定が頭に浮かんだのです。
出社前に「お母さん勝手な事ですが、今夜はイヤになるまでその綺麗な体を俺に任せて欲しいです、お願いします・・・」と言い出かけました。

 

後病院に行くと娘から聞きましたが、即ケイタイで旦那に電話していたのでした。
その他にも関係してお母さんで満足しているむねを伝得ていたのか、娘から肉体関係の御礼を言われたが、黙って聞いていただけでした。

 

その後に「あらーそうなの?」と返しました。
娘は退院までいて欲しい口ぶりでしたが、気ままは言えないと諦め涙目でした。

 

今日でお別れするがあなたは私の子だから何も泣く事はないのよ、解かるでしょう・・・その言葉を残し病院を後にする時は、後ろ髪を惹かれる思いをしたのは事実でした。
帰路で何時ものスーパーでお買い物して、娘婿の大好きなチキンの腿肉から上げと、ニギリ寿司を買い帰宅しました。

 

風呂も用意して待っていると、6時過ぎには帰宅し普通より約2時間位早かったのです。
慌てておビール出すとひと口のみ風呂に入りました。

 

出てくるとガウンをまとい、暖房の効いたダイニングのソファーで、喉を鳴らしながら飲み、「お母さん仕事の件は無事に治まりそうだが、俺のボーナスは多少減額されるかも解からないけど、決定したわけでも無いので成り行きだよ、あの日はお母さんの体のことが、頭から離れず困ってたんだ、心配をかけて悪かったよ・・・」
「そうだったの私にも責任かあるの」
「そんな事何もないよ、俺の気が動転していたんだから、お母さん今夜はサービスして欲しいな」
、「どんなサービスすれば良いのかしら?」
「決まってるじゃないお母さんの経験から、俺が喜ぶ行為をして欲しいよ、俺は動かずに寝ているから」
「頑張ってみるわ、最後の夜だから、もう少し頂くから注いでくださいよ」
「ハイハイ熟女のお母様」・・・娘婿もほろ酔い呂律が回らず、食べる物も半分残して目を閉じました。
その隙を見てお風呂に入りシャワーを浴びていると、全裸で半立ちをしてお風呂に入ってきましたの。

 

後ろから抱き付きオチンチンを御尻こすり付けているうちに、本立ちになり私は風呂の縁に手を突き、バックから挿入され数分しんどい目にあいましたが、射精したら離れてくれました。
狭い風呂の洗い場に横になり。

 

ワシ洗いをして欲しいとせがまれ、オマンコに石鹸をつけ行いましたが、広さの関係上上手く出来ませんでした。
次には浴槽に入り潜望鏡をして欲しいと言われ、オチンチンを水面に出させて咥えましたが、アルコールのせいか本立ちもせず、途中で断念しました。

 

自分も諦めたのか風呂から上がり、寝室に入っていましたが「お母さん今夜も此処で寝てください」と言われ後片付けして横に入りました。
見ているとオチンチンを弄って元気にしようと、手が動くのが感じられると、可哀想な気がしてお口と手で協力してあげると、今一ですが回復してきたので、毛布等を跳ね除けて跨いで、オチンチンを私が穴迄誘導し、腰を下すと苦労の甲斐あって何とか入りました。

 

ユックリですが腰を動かしていると本立ちの硬さになり、動いていると「止めてよ」と言われたので抜くと、今度は「アナルに入れたい」と言い、恥を忍んで仕方なく応じ、跨りオチンチンを肛門に宛がいますが、苦労の末挿入出来たのですが、私が上になり動くのは初めてなので、ただひたすらにユックリ動く程度です。
私は快感も無く便意を感じる程度です、娘婿さんは気持良いの連発で、脚を伸ばして射精されたのです。

 

くと肛門から僅かの精液が垂れましたが、二人の陰部をティシュで拭き、パンティーは付けずパジャマを着て寝ました。
朝の4時前くらいでしょうか、トイレに起きた娘婿は私の下部を脱がせて、乗り掛かり愛撫なしに差し込まれ、腰を振り射精を済ませると、「おかあさんが来てくれたので助かったし、こんなに熟女が良いのかと思ったよ、有難うまた機会があればお願いします」と、独り言を言い寝てしまいました。

 

私は寝付かれずに早く起きて、帰り仕度の荷物をまとめ、娘婿と同時にアパートを出て、合鍵を渡して大阪駅に向かいました。
数年前までは里帰りお産が多くありましたが、最近は産婦人科医や小児科医が激減し、田舎では対応し下さるところは数少なく、遠方になるのが実情です。

 

その点都会では自分の好みの医院等に、お世話になれるので有難いですよね。
大きな病院を建てながら、医師不足の田舎は寂しい限りです。

 

れから後も期待をするのは無理でしょう・・・
 

知的で清楚な義理の娘をスケベに調教しています……息子の嫁を寝取ってヤりまくる父親の告白

読了までの目安時間:約 5分

慢話になるかも知れないけど、息子の嫁と関係しています。
私は54歳、息子の嫁は28歳で、2歳の孫もいます。

 

(イメージイラスト1)

 

息子達はドアツードアで20分くらいのマンションに住んでいたので、結婚当初からよく家に来ていました。
美人で知性も教養もあり明るくはっきりした性格も私好みで、嫁の事はずっと気に入っていました。

 

去年末から正月までを息子達は我が家で過したのですが、元旦の夜に私は少し飲み過ぎてしまいました。
家族も皆お酒が入っており、嫁も少し顔を赤くしていました。

 

(イメージイラスト2)

 

またま嫁と2人だけになった時、私はそっと嫁にキスをしました。
自分でも予想外の行動でしたが、一瞬嫁も応えてくれたような気がしました。

 

その後は何事も無かったように、皆それぞれ寝ましたが、私はキスの事が気になってなかなか寝る事が出来ませんでした。
翌朝、私は嫁と2人の時にキスの事を謝り、皆に内緒にして欲しいと伝えました。

 

疲れたような顔をしている私に嫁は、「はい、気にしないで下さい」と優しく言ってくれました。
私は思わず嫁の頬に軽いキスをして、有難うと言ってその場を離れました。

 

れからは時々頬や唇に軽いフレンチキスをするようになりましたが、首に手を回したりとか舌を絡めたりするような事はしませんでした。
4月から息子が地方に転勤する事になりました。

 

2~3年という期間である事と、嫁も昼間に結構待遇の良いバイトがある事から、結局息子は単身赴任する事になりました。
4月の中旬、私は会社の帰りに不意に嫁の家を訪ねました。

 

元気にしているか心配でした。
しばらく話をした後、2人で公認のキス。

 

は感情が高ぶって嫁を強く抱き締めてしまいました。
かなり抵抗もあったけど、手荒な事はせずキスや愛撫を続け、最後は嫁も受入れてくれました。

 

嫁は少し涙を流しながら「いつかお義父さんとこうなると思っていた」というような事を言いました。
私は何も言わず、優しくキスをして帰りました。

 

それから私は週に2~3回会社の帰りに嫁のところに寄るようになりました。
メールも毎日するようになって、結構恥ずかしいようなラブラブメールもよくあります。

 

の外での知性的で清楚なイメージは全く変わらないのですが、私の前では淫乱な女です。
息子との馴れ初めや性生活、その前の経験なども全て話してくれました。

 

見た目通り真面目で、男遊びもほとんどしていなかったみたいです。
息子は淡白なのか、結婚当初から週に1回程度で、夫婦生活とはそんなものだと思っていたようです。

 

私はどちらかというと挿入より愛撫を楽しむ方なのですが、若くて綺麗でまだ充分開発されていない嫁の身体は魅力的でした。
そのうち嫁は私に抱かれる度に感度が増してきて、心底からの悦びを表すようになりました。

 

末は私の妻の希望もあって、嫁は孫を連れて我が家によく来ます。
妻の目を盗んで家の中でエッチな事をするのは刺激的ですが、嫁は孫の世話を妻にしてもらって買い物に行くのが好きです。

 

2~3時間私と一緒に行ったり、別々に出掛けたり、2人だけで抱き合う時間を作るのです。
息子の家に戻ったりホテルに行ったりですが、特にホテルの時は凄い乱れようで普段の何倍も感じるようです。

 

お盆に息子と一緒に我が家に来たのですが、嫁の態度は昔と一緒、知性的で明るく妻も息子も嫁の事を気に入っています。
でもちょっとした隙を見ては私にディープキスをしてくるし、女は凄いと思います。

 

子が転勤で帰ってきたらお終いだね」と言っているのですが、嫁は私との関係は絶対続けたいと言い張ります。
結婚も子供も私との関係も全て失いたくないという嫁は、可愛いけど少し怖い気もします。
 

クソ夫が浮気しやがったので仕返しに義父とセックス→最初は腹いせでしかなかったけどガチで気持ちよくなってきて……

読了までの目安時間:約 6分

が池袋で働いているとき、今の主人が店に来て知り合い、私がヘルスで働いていたことを絶対に言わないことを条件に結婚し主人の田舎に嫁いできました。
主人の実家はド田舎で、老人が圧倒的に多く若い人たちは就職で都会に行きます。

 

(イメージイラスト1)

 

やがて子供ができて(残念ながら私は2回失敗していますので最初のこではありません。主人は知りません。)子育てと地元にもなれた頃、主人の浮気が発覚しました。

 

浮気の理由が、私にあり最近色気や若さがなり、子供ばかりに気を使っているというもので到底理解できませんでした。
しかし、私は東京の家族はバラバラで帰るところもなく悩んでいましたら、義父が「40歳にもなろうとしている息子のことで申し訳ない。あの世の家内の泣いている。孫のこともあるし、良かったらここで暮らしてくれ。応援はなんでもする。頼む」と両手を着いてお願いされましたのでそのまま暮らしていました。

 

(イメージイラスト2)

 

れから主人は、私を避けるようになり、毎晩仲間(ここは嫁が来ないので暇な男ばかり)と酒ばかり飲んで、土日は早朝から魚釣りばかりするようになりました。
私達の生活を見かねた義父がドライブに誘うようになりました。

 

有名なお寺や、遊園地、動物園、温泉、博覧会いろんなところに連れて行ってくれました。
子供も大変喜んでいましたが、私も誘われるが楽しみでした。

 

ドライブから帰って家で義父と二人でビールを飲むのが日課になりました。
義父は物知りで町でも幾つもの肩書きを持っていて、土地をガソリンスタンドや農協・漁協、ファミレスなどに貸したり収入は計算できないほどです。

 

は主人よりも高く、気品があり59歳には見えません。
やがて私は、義父を一人の男性としてみるようになっていました。

 

ドライブをしているときは、恋人か夫婦のような会話になっていました。
ある晩、いつものようにビールを二人で飲んでいるとき、義父が「あなたは来月の誕生日で幾つになるのかな?」と聞いてきましたので「主人と一緒ですから35歳になります。
どうしてですか?」と聞き返しますと「誕生日のプレゼントは何が欲しいのかな?」と言われましたので「「気になさらないでください」こ答えました。
もうその頃の私は、義父の夢を見るようになっていました。義父の声、仕草、見つめられたときの緊張・・・。私達の生活費は、主人の浮気発覚後、ほぼ毎月義父からいただいていました。ある暑苦しい夜、ビールを飲んでいるとき義父は私を見つめながら飲んでいましたので、私も義父を見つめながら無言で飲んでいました。声をかけられたときの用意はできていましたが、やはりその夜も一人で自分の部屋に帰っていきました。しばらくして、私は義父に勇気を持って「お義父さん、私の誕生日のプレゼントは、二人っきりで遠い町でおいしいものを食べてみたいです」と言いましたところ、「そんなものでいいのかい?」との返事でした。
いよいよ私の誕生日が来ました。子供は主人が当てにならないと言うことで義父の使用人さんの所に預かっていただき、主人には義父出張のスタッフが足りなくなり緊急応援で同行する旨伝えましたが、酔っ払って反応なし。ドライブの時は、ドキドキしていました。そして、県境に来た頃思い切って私のほうから義父の手をそっと触りました。義父は、強く握り返してきましたので、それが彼の答えで安心しました。この都市では最高級のホテルのレストランで、フルコースと言うものを生まれて初めて頂きました。あっという間に食事が終わり、「もうおわりかな・・・。このままかえるのかな・・・」と思っていましたら、彼が「今日は、このホテルの最上階に部屋を取っているが、君が帰りたいというのなら、すぐキャンセルして帰るが、どうする?」と紳士の意地悪質問!私は、返事の変わりに彼の左腕にからみつきました。
エレベータで最上階へ、宝石のようなパノラマ。うっとりと夜景を見ていると彼が「こんなものか買えなかったけど、君の誕生日のプレゼントだよ」私が以前から欲しがっていたバッグ。
そして封筒。「お義父さんこれなんですか?」
「銀行の通帳と印鑑とカードだよ。君がこの部屋にきた時、私には大きな責任がある。だから、その証だよ」その通帳の数字を見て私は、彼を抱きしめ自分からキスをしていきました。
その夜、私は店で鍛えたテクニックで彼を独占しました。久しぶりに大きな男性から抱かれて興奮しました。翌日日曜日の帰りの車では、運転中の彼の物を咥え続けました。家に帰っても、私達は愛を育んでいます。主人が泊まりの魚釣りの時は、私達の最高の日です。彼は、湯上りの私を待っています。子供を寝かせて彼の部屋に行きます。私が「お尻をなめて」と言いますと、いつまでもなめてくれます。
最近、彼とセックスしているとき彼の子供欲しくなるときがあります。幸いにも、彼と主人の血液型が同じなので主人の子として育て、チャンスを見て彼に「本当は、あなたの子供よ」と告げよyと思っています。
本当は、彼と堂々と結婚して幸せな生活を送りたいな・・・。
 

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