告白H体験談

人妻・主婦・母親の禁断告白&エッチ体験談

人妻の不倫情事から主婦の浮気告白に母親の禁断体験や熟女&おばさんとのセックス体験など既婚女性達とのエッチな体験談から母子相姦までご紹介。http://kindanhtaiken.blog.fc2.com/ ブログを引き継ぎました!

美脚が自慢のウチのママは露出狂w太もも丸出しの超ミニスカートでスーパーをうろつき視線を独り占めw

読了までの目安時間:約 11分

が超ミニスカでスーパーへ買い物に行きスケベな男の買い物客があらゆる手で、スカートの中を覗く話です。
母は、42歳、年替えもなく、超ミニスカで買い物に行き、足は細く、脹脛がふっくらとして、足フェチで熟女好きな男は、堪らないセクシーな足をしていました、私、三番目の息子で5歳でした、いつも、母の自転車の後ろに乗って、母を見ていました。
現在は、42歳で5歳の頃を思い出して書いています。
母は気にせずに、いつものスーパーへ自転車をこいで買い物に行きます、通行人たちは、目を丸くして母の股間を見ていました、スーパーに着くと、ミニスカを直してスーパーに入り、買い物に行きます、男の店員たちは、「いつものセクシーなおばさんが来た」と評判でした、母が、カートを押して、私は、母の後についていました。
すると、男の店員が来て、母は、商品を選んでいると店員は、商品の箱をわざと、母の足元に置き、商品を並べながら、母の足元から見ており、スカートの中を覗くように、頭が足元へいき、下から覗いてにやりと笑いました、他の店員のところに行き、笑いながら話していました、おそらく「肌色のストッキングで白のパンティーが透けている」とか話していたに違いがありません。

 

そして、40歳ぐらいの客が、母に近づいてきて、母が高いところに商品があり、背伸びをして、ミニスカが上がり、お尻スレスレまで見えて、男の客は、しゃがみ下から覗いていました。
にやりと笑い、低い声で「見えた」と独り言を言っていました、そして、レジに並び、精算を待っているいと、20代の男の客が靴に小さい鏡を付けて、母の足の間に入れて、靴を動かしながら、ミニスカの中を覗いていました。
そして、買い物が終わり、スーパーの中にある、ソフトクリームのお店で、私は、ベンチに座り、ソフトクリームを食べていると、母もベンチに座り休んでいました、ベンチに座ると、ミニスカが上がり、パンティースレスレでしたので、足を組んでいました買い物客の男たちは、母の足を見ながら歩いていました、男たちの話で「あの奥さん、足がきれいだなぁー」と言いながら通り過ぎて行き、母をナンパする男もいました、「奥さん、お茶でもどうですか」と言うと、母は、無視をしていました、そして、私は、ソフトクリームが食べ終わり、立ち上がり、母の立ち上がろうと、組んだ足を崩そうとしたときに、男の視線が母の太ももで、パンティーが見える瞬間だったと思います、一斉に男達が立ち止まっていました。
母は、気づき手でミニスカを押さえていました。
そして、自転車に買い物をしたものをカゴに入れて、私を後ろに乗せて、母が自転車に跨いだ瞬間に、シャッター音が聞こえて、母のパンチラを撮っていたのです、母は、気づかずに自転車をこいで通り過ぎて、カメラを持った、20代の男たちが、「パンチラ撮れたぜ」と言っており、「あのおばさんの足触りたい」と通り過ぎる母の股間を見ながら、言っていました。
 

美脚が自慢のウチのママは露出狂w太もも丸出しの超ミニスカートでスーパーをうろつき視線を独り占めw(イメージイラスト1)

 

だんだんと妻も性の喜びがわかってくると、声をあげるようになった。
私は、隣の部屋で寝ている義母に気兼ねして、口を押えたり、声を出さないように言ったが、こらえても、やはり自然に洩れるのである。
そのうちに、義母の態度がだんだんと、私と妻に辛くあたるようになってきた。
ある晩、義母が肩を揉んでくれと言ったので、揉んであげた。
強すぎると言うので、力を弱めて揉んでいると、気持ちがよいのか、だんだん体が重くなり、沈んでいった。

 

それにつられて、半立ちになった息子をそっと背中にあててしまった。
はっとしてすぐに離れ、「もういいでしょう」と言って立ち上がった。
義母は「ありがとう」と言って肩を2、3回動かした。
2、3日後にまた肩を揉んでくれと言われたので、揉んでいるとまた同じような状態になり、2、3度背中へ軽く接触し、堪らずに、思わず妻の見えない反対側の手で、義母の腹を触った。
義母は「ふぅー」ため息をついたようである。

 

美脚が自慢のウチのママは露出狂w太もも丸出しの超ミニスカートでスーパーをうろつき視線を独り占めw(イメージイラスト2)

 

これ以上続けることは危険であるので「もういいですね」と言って離れた。
その夜は妻の身体を激しく求めた。
よがり声が、いつもより大きくなってきたが、かまわずに攻めた。
翌日の夕食後すぐに、また肩揉みを頼まれたので、妻が食器洗いをしているのをよいことに、今度は大胆になり、後ろから抱きつき、両手で腹から胸に触った。
義母は身悶えした。

 

日、妻のいない所で義母から叱られた。
「すみません。もうしませんから許して下さい」と謝り、セクハラ行為を恥じた。
次の日からは、心を冷静に保ち、なるべく離れて揉んだ。
数日後の日曜日の午後、妻が外出した時に、肩揉みを頼まれた。

 

邪心が起こらないように、離れて肩を揉んでいると、少し体をくねって媚態を示し、誘ってきたように見えたが、思い過ごしだと、心を鬼にして、揉み続けた。
すると今度は、背中が痛いので、背骨を押してくれと、うつ伏せになった。
上から両手の親指で背骨に沿って指圧した。
私の両股が義母の腰にあたり、リズミカルに触れるので、だんだん体が柔らかくなってきた。
私は、貴婦人を扱うように、そっと背中を撫でたり、横腹に触れたりしながら、指圧を繰り返したが、じっとして、気持ちよさそうにしていた。

 

次は足を揉んであげると言って、親指を優しく揉み、足の裏を軽く指圧して、ふくらはぎから、膝の上まで、ゆっくり優しく揉み上げて行った。
少し体をくねらせたので、添え寝する形で、後ろからそっと抱きかかえ、呼吸に合わせて、徐々に体を密着させて行った。
だんだん、二人の体は一つになり、溶け合って行くように感じた。
頬ずりをして、軽く頬にキスした。
体がとろけているのを感じたので、仰向けにして、上から優しく抱くと、「はぁー」と大きな息を吐きながら、抱きついてきた。

 

私は首に何度も優しくキスした。
それから、服のボタンをはずし、乳を求めた。
乳首を、舌を回しながら愛撫していると、「こっちもして!」と切なそうに言うので、反対側の乳に口づけした途端「うぅー」とうめいて、私の頭を強く抱きしめた。
乳がすむと、今度は腹を手で撫でた。
それから、だんだん下へ下りて行った。

 

毛優しく掻上げながら、更に下へと行った。
秘部はたっぷり濡れていた。
中指で線に沿ってそっと愛撫すると、足を少し開き、腰が動き始めた。
息づかいがだんだん激しくなってきて「もう入れて」と哀願した。
ゆっくり挿入すると、「あぁー」と小さな声を出して、しがみついてきた。

 

私は、ゆっくり動かした。
しかし義母は、狂おしそうに激しく動き回った。
私もそれに応えて激しく突いた。
二人は、お互いに相手の体をむさぼりあった。
そして「あっ!」と小さな声をあげて逝った。

 

やがて、息を吹き返したので、再び動かし始めると、前よりも一層激しく求めてきて、そして果てた。
とうとう犯してしまった。
終って「すみません」と言うと、「いいよ。
秀子には言わないから」と優しい声で言ってくれて、機嫌がよかった。
その後、妻のいない時を見はからってはつるんだ。

 

義母の態度は優しくなった。
間もなく、妻がお産で入院したので、気兼ねなく思いきりできた。
還暦近い年齢なので卒業したのだと思っていたが(当時、私は若かったので、そう認識していた)、中々盛んであった。
よく考えると、私が罠にはまったのだ。
しかし、義母は、休火山に火をつけたのが悪いと、私を非難した。

 

かし、とうとう妻の知るところとなり、二人が責められた。
私は「出産で、辛抱できなかった」。
義母は「世間に知れると大変だから、こらえてくれ」と言聞かせた。
その後も、この関係は続いたが、妻は諦めたようで、外で浮気されるよりはましと考えたのか、それとも、世間体を気にしたのかも知れない。
義母は、美人で、頭がよく、勝気で、プライドが高く、見栄っ張りで、冷たい感じの人だった。

 

身体は中肉中背で、胸と腰は大きかった。
亡くなった主人とは正常位しかしたことがなく、淡白なものだったそうです。
最初のうちは、騎乗位やバックを、娘に見つかったら恥ずかしいと、ためらっていたが、一度すると、欲望には勝てず、特にバックを好んだ(仕上げは正常位)。
騎乗位も彼女の性格に合っていて、喜んでした。
さすがに大きな声は出さないが、息づかいと、腰の振り方は凄かった。

 

義母に、娘のよがり声が聞こえるかと聞いたら、「当り前でしょう」と答え、最初、淫乱ではないかと思ったが、わかるようになったと言った。
これも、私が悪いことにされた。
それで、「いい婿をもらったね」と言うと、甘えた目で睨んで私の腕を抓った。
義母は、昼の顔と、夜の乱れ方の落差が大きいので、それからは、女性への見る目が変わり、貞淑そうな人を見ても疑うようになった。
しかし、他人に手を出すことはできないので、専ら自家で処理して満足した。

 

私は、外では品行方正で通っていたが、これでは、あまり人のことは言えない。
こちらは二人掛け持ちで身体が持たない。
そのことを義母に言うと、気を使って栄養のあるものを、私にだけ特別に食べさせてくれるようになり、酒も飲みたいだけ飲ませてくれた。
妻には不自由させられないので(義母は、私の要求を仕方なく受け入れている、という形をとっていたので)、義母の方を制限した。
が、その分、義母は激しく求めて来た。

 

までしゃぶられるようで、思わずうめき声をあげ、引きずり込まれて行った。
非常に疲れたが、深い喜びを味わった。
私は、当初、義母が怖かったが、今では怖くないと妻に言うと「女はアレには弱いからね」と言って笑った(隠していても、娘は母の本心を知っていたのだ)。
これも、年とともに義母は衰え、そして亡くなった。
代わって妻が親に似てきて激しくなった。

 

それも今では回数も減り、だんだん終りに近づいているようです。
 

北国の寒い部屋の中で抱き合ってセックスしお互いの体を温め合うことを習慣としている母子の感動の物語

読了までの目安時間:約 7分

卒で就職するまで青森の日本海側に住んでいました。
家族は両親と僕の3人暮らしでした。
冬になると父は出稼ぎに行ってしまうので、母と2人になります。
この辺りは、冬になるとかなり雪が積もります。
休みの日でも、あたりが雪でいっぱいで出歩くことができず、家に閉じこもりがちになります。

 

北国の寒い部屋の中で抱き合ってセックスしお互いの体を温め合うことを習慣としている母子の感動の物語(イメージイラスト1)

 

テレビを見るか本でも読むかということになります。
結局、僕は昼間から友達にもらって何回も見たエロ本でオナニーをすることになります。
母も掃除洗濯が終わるとすることがないので、手持無沙汰になります。
昼間、母にオナニーの現場を見られてしまうのは珍しいことではありません。
母も二人きりの生活ですから、風呂上りなど、裸同然の恰好で暖房の効いた居間に来ることもありました。

 

なんとなくおおらかな感じで生活していると、十代後半の体の底から噴出する性欲を母に向けることになります。
腰が痛い、肩が凝る、背中が強張るなどと言われて、揉んであげるときは、揉みながら助平心いっぱいで母の体を触りまくったりしました。
あるとき、母が部屋に一人で寝るのはさびしいよねと言ったので、僕はエロ本を見ながらのオナニーがしにくくなるなあと思いましたが、承諾しました。
そしてテレビのある居間に二人の布団を敷いて寝ることになりました。
母が先に横になって、しばらくして僕が自分の布団に入ると、いつも同じなのですが、布団が冷たく感じました。

 

北国の寒い部屋の中で抱き合ってセックスしお互いの体を温め合うことを習慣としている母子の感動の物語(イメージイラスト2)

 

「布団が冷たい」というと母がこっちにおいでと言いました。
母の布団はなるほど温まっていましたが、大人が二人、布団からはみ出ないようにするには、体を寄せ合うしかありません。
母は上を向いていましたが、僕は母の方を向いて体を着けました。
そして僕は母の顔に自分の顔を近づけました。
すると母が体をこちらに向けて私の背中に手を回してきました。

 

の鼻の頭と僕の鼻の頭がこすりあいました。
母が嬉しそうに微笑んでいるのがわかりました。
僕は手をどこに置いて良いかわかりませんでしたが、思い切って、母の腰に置きました。
母は嫌がりません。
母のパンティのゴムが手の平に感じました。

 

僕は母のお尻を触りたくなりました。
徐々に手を動かしてお尻の柔らかいふくらみを触りました。
同時に僕は勃起してしまいました。
しばらくそのまま母のお尻を触っていましたが、左手を下に置いた体勢が辛くなってきました。
仰向けになろうとしたとき、僕の背中に回していた母の手が僕の股間に置かれました。

 

母は一瞬目を開けましたが、また閉じ僕の固くなったちんちんをパジャマの上から触り続けました。
母が固くなっているね、と言ったので、直に触ってよ、って言ったら、母は僕のパジャマの中に手を入れ触ってくれました。
なんという気持ち良さ。
ちんちんはさらにビンビンに固くなり、腰を動かして射精したいい持ちになりました。
それは我慢していましたが、今度は母のお尻や胸を触りたくて仕方ありません。

 

それは我慢できず、母のお尻の割れ目を中心にパジャマの上から触りまくりました。
そのうち、本当に射精感が我慢できなくなり、「出るよ」
と言うと「いやあ」と言いましたがそのまま触っててくれました。
僕は自分の手で自分の精液を受けました。
僕は勃起したままのちんちんをぶらぶらさせながら、ティッシュを取り手を拭き、ちんちんを拭きました。
翌日からだんだんエスカレートし、僕は母の乳房を直に触り、そしていつか母のパンティの中に手を入れながら果てるようになりました。

 

はかねてから母のおまんこを見たくて仕方ありませんでした。
僕は母にちんちんを触ってもらいながら、「ねえ、お母さんの裸がみたいよ」と言うと、なんと「好きにしなさい」との返事。
ちんちんに触れていた母の手を振り切るようにして、布団を剥ぎ、母のパジャマに手を掛けました。
パンティと一緒に脱がすのは、なぜかもったいないような気がしました。
ピンクのパジャマを脱がすと真新しい水色のパンティ。

 

前面に同じ色の糸で刺繍がしてありました。
パンティのゴムに手を掛けると母が腰を少し浮かせました。
パンティを足首から抜くと母が手を出し、パンティを受け取りました。
母はぴたりと膝を閉じていました。
白い肌に下腹部の黒い毛が場違いな感じでした。

 

僕は母の膝の裏を持ち持ち上げました。
そして膝の中に手を入れると母は自分から足を開きました。
目の前に母のおまんこが見えました。
海の潮の香りがしました。
割れ目のピラピラが少し開き、割れ目の上端に縮れた毛に囲まれてクリトリスが見えました。

 

僕はピラピラを少し広げてみました。
中の赤みを帯びた穴がありました。
僕は中指を入れてみました。
そこは熱く濡れていました。
痛くしてはいけないと本に書いてあったことに注意して、恐る恐る指を動かしました。

 

が吐息を漏らしました。
僕は指を入れたまま、クリトリスを舐めてみました。
僕の舌に母の縮れ毛がついてきたのでそれをよけ、何回も舐めあげました。
母はあっ、あっ、あっ、あっと声を上げ始めました。
クリトリスの方が感じるように思ったので、おまんこに入れていた指を外し、両手で母の脚を大きく広げ、クリトリスを舐めました。

 

コリコリになったクリトリスを母は自分の手でさらに周辺の皮を広げ、むき出しにして、胸をのけぞりました。
すると突然おなかをがくがく言わせてイキました。
痙攣が終わったのを見計らって、僕はちんちんを挿入しました。
夢中で腰を振り、すぐに母の中で果てました。
それからは、昼間から母としていました。

 

冬はそれくらいしかすることがなかったのです。
同じ地域内で、以前、息子の子を孕み人工流産したとうわさされた奥さんがいます。
どこの家庭も同じなのかなと思っていました。
 

男好きで不倫しまくってるド淫乱母ちゃんにお仕置き!息子チンポぶち込んでアヘイキさせてみたw

読了までの目安時間:約 5分

は21の時、母に生挿入した。
うちの母は俺を17で産んでバツ2なんだが、彼氏は常にいる感じなんだ。
で、ある日酔っ払った母から「迎えにきて」と電話があったから行ったんだけど、完全にベロンベロン。
とりあえず助手席に押し込めて家に向かうんだが、スカートはめくれあがってるし、胸元はあいてブラジャーが見えてる。
そこで理性なくなったね。

 

男好きで不倫しまくってるド淫乱母ちゃんにお仕置き!息子チンポぶち込んでアヘイキさせてみたw(イメージイラスト1)

 

とりあえず人気のない場所を探して車停めて、一気に助手席倒したよ。
まずはカットソーをめくってブラを上にずらす。
すげーデカイ胸が、ブラジャーの下の部分で押さえられた状態で、まるで縛られてるみたいだった。
スカートをめくると普通のストッキングじゃなくてガーターベルトだったからそれをはずす。
パンツはブラジャーとお揃いの黒レース。

 

それを気づかれないように引き下ろす。
思いっきりシミができて、しかも湿っていた。
きっとすでに誰かに気持ちよくさせてもらったんだろう。
脚を広げると、ヒダがぱっくり開いていた。
俺はこの穴から生まれてきたんだなと思うと、複雑な気分になったが17で俺を産んだ母を、同時になんて淫乱な女なんだと思った。

 

男好きで不倫しまくってるド淫乱母ちゃんにお仕置き!息子チンポぶち込んでアヘイキさせてみたw(イメージイラスト2)

 

とりあえず指2本入れて、腹側の壁をこする。
「んん…あぁん」意識ないはずの母が喘ぐ。
どんだけ好きなんだよ。
クリを舌先でいじりながらも指を激しく動かし続けた。
胸や乳首をあいてる手で揉みしだくと、指に締まる感覚が伝わってきた。

 

は身をよじって喘ぐが、起きる気配はなく、そのまま母の身体を堪能していた。
突然、母が俺に抱きつくように手を伸ばし、知らない男の名前を口にした。
「早くユウジのおっきいおちんちん中に入れて~。あたしのおまんこ気持ちよくして~」女に入れてと言われて入れないのは男としてダメだろ、と思って入れる決意をした。
俺はこれから母の中に戻るのか…と思った。

 

いきり立ったチンポを母の中に生でいれる。
胸を揉みしだき、乳首を舌で転がした。
「あぁん、ユウジ、いつもより気持ちいい~。あぁ、おまんこ気持ちいいのぉ」母がいやらしく喘ぐ。
俺はふと思いついてデジカメを取り出した。

 

ムービー機能をオン。
母とのハメ撮りをすることにした。
俺が「恥ずかしいお前の姿を撮ってやるからな」と言うと、母は目を閉じたまま、なんと「あぁ、たくさん撮って~。
いやらしい由里をたくさん撮ってぇ。恥ずかしい由里のおまんこ見てぇ~」と言った。

 

もしかして撮られ慣れているんだろうか?それとも露出好きなのか?遠慮なくムービーを撮る。
俺のは彼氏よりデカイらしく、時折「いつもよりおっきいよぉ」
とか「いつもより気持ちいいよぉ」と言った。
それが俺をさらに興奮させてくれる。
いやらしい音が車内に響く。
俺もまた、今までの女にはなかった締まりといやらしい身体つき、そしてこのシチュエーションに燃えた。

 

すがに母が妊娠でもしたらシャレにならんから、母の顔にぶっかけて果てた。
スッキリしたところで、あとはゆっくりイタズラし、もちろんムービーでくまなく撮る。
「ヒクヒクしながら愛液ダラダラして、淫乱まんこだな」
「乳首もコリコリだよ。息子相手にどんだけ感じてるんだよ」なんて言葉も吹き込んだ。
帰宅して母を起こし、車から降ろす。

 

「あれぇ…そっか、お母さん迎えにきて貰ったんだっけ。ありがとね」酔っ払いつつも覚醒した母は、普段のような母面をしていた。
脱衣所から母の驚く声が聞こえ、俺はドアを開けた。
「この黒レースの濡れたパンツ探してるの?」慌てて奪い取る母は、すでに上に着ていたカットソーとスカートは脱いでいた。
「やだ、なんで持ってるの?ちょっとドア閉めなさいよ!」恥ずかしそうに怒って俺を外に押しだそうとしたので、俺はムービーを再生し、さっきまでの痴態を母に見せた。

 

「気持ちよかったんでしょ?さっきの、俺だから」それから俺はいつでもやりたい時に母とハメている。
 

超絶性格悪い社長さんの息子はやっぱりクソガキばっかりだったw強制参加の旅行で俺の母さんの乳を揉みだす

読了までの目安時間:約 4分

木県の那須塩原の近くに父の会社の社長が保有する別荘がありました。
子供の頃は毎年、夏休みになるとそこへ泊まりに行ってました。
小5の時だったと思います。
その年も父と母と3人で別荘へ行きました。
別荘に着くと、いつもならば誰も居ないのですが、その年はたまたま総務の人のミスか何かで既に社長とその親類が滞在していました。

 

超絶性格悪い社長さんの息子はやっぱりクソガキばっかりだったw強制参加の旅行で俺の母さんの乳を揉みだす(イメージイラスト1)

 

父は、すみませんと頭を下げて帰ろうとしたのですが、社長や奥様が、「部屋も余ってるし、せっかく遠くからきたのだから」と勧めてくれて僕達も滞在する事になりました。
それが大きな間違いでした。
子供心に今もよく覚えています。
父も母もまるで召使いでした、料理を運んだり、皿を下げたり。
それだけだったら、まだ良かったのですが・・・社長宅には僕と同じ年の男子、カス男が居て、その従兄弟で2つ年上のぶた男と、その弟で僕の1つ下のクソ男も別荘に滞在していました。

 

母がその3人の面倒まで見る事になったのです。
母は今でも品のある婦人という感じですが、その当時は30代前半でしたので、子供から見ても美人の奥さんという感じだったと思います。
ちなみに社長の奥様はその当時40歳過ぎていたので、おばさんって感じでした。
カス男「お前のお母さん美人でいいなあ」
ぶた男「オッパイがぶらんぶらんしてるな」小*生とはいえ、ませていた奴らは、自分の母親とは違う見栄えの良い大人の女に興味を持ったのです。
奴らは何かにつけ母の体に触れては、スケべな事を僕に聞かせました。

 

超絶性格悪い社長さんの息子はやっぱりクソガキばっかりだったw強制参加の旅行で俺の母さんの乳を揉みだす(イメージイラスト2)

 

1泊した翌日、社長達に誘われて父がゴルフに行きました。
大人達は子供を母に預けて全員ゴルフに行ってしまったのです。
別荘にはジャグジーの付いた大風呂があったのですが、大人達が出て行くと、かす男達がそれに入りたがりました。
しかも母も一緒に入ろうというのです。
「お風呂なんか入りたくない、お母さんもやめようよ」と僕は訴えました。

 

かし、それまでも召使いのように仕えてきた母です。
奥様達に、くれぐれもと任された手前もあったのでしょう。
しかも、その大風呂は子供が入るには少し深いのです。
母は、「そういうわけにはいかない」と言って、風呂場に行ってしまいました。
僕は行かないと言った手前一緒に行く事もできず、こっそり様子を伺うくらいしかできませんでした。

 

脱衣場に入って籠の中を見ると、しっかりと母の脱ぎたてのブラとパンツが入っていました。
あいつらの前で全裸になってるんだなぁと思うと口惜しくて堪りませんでした。
ぼーっとしていると。
「僕達が洗ってあげるよ~」
「いえ、結構ですから、本当に結構ですから」という声が聞こえてきました。
見つからないようにこっそり覗いてみましたが、すぐに後悔しました。

 

ぶた男とカス男が2人で母の乳房を撫でいました。
母の手はクソ男背中を撫でていました。
カス男達に体を触られているのに、「きゃっ、くすっぐたいです」と母がはしゃいだ声を出しているのを聞いて、僕は項垂れるように部屋に戻りました。
それから1時間くらい、とても長いと感じるくらい経ってから母達は戻ってきました。
お風呂で1時間も何をしていたのか詳しい事は聞けませんでしたが、カス男は僕を見ると、両手を突き出すようにしてモミモミと手を動かしました。

 

ぶた男は右手で扱くようなジェスチャーをして気持ちよかった~と笑いながら叫びました。
あの時のカス男達の勝ち誇ったような顔が今も忘れられません。
 

実母のトルネード手コキフェラで精液全部搾り取られてヘロヘロになった男のスケベ体験談がこちらw

読了までの目安時間:約 3分

は高2の男子です。
中1の時にオナニーを覚えてから、ずっと母のことばかり考えてしていました。
母は41歳ですが、スタイルも良いし友達の母親と比べても全然美人だし、クラスの女子なんか問題にならないくらいです。
いつも、母のパンティを持ち出してオナニーしていたんだけど、この間、僕の部屋に隠しておいたパンティを母に見つかってしまいました。
ものすごく怒られるかと思ったら、思ったよりも優しく、「こんなことされたら、母さんだって恥ずかしいんだから。勉強にも障るし…」と言われました。

 

実母のトルネード手コキフェラで精液全部搾り取られてヘロヘロになった男のスケベ体験談がこちらw(イメージイラスト1)

 

そこで思い切って、僕がずっと母のことを好きだったこと、いつも母のことを思いながらオナニーしていることを告白すると、母はびっくりした様子で、「こんなオバさんなんか好きになってもしようがないでしょう」と言いました。
それでも好きだと涙を流しながら僕が言うと、母は優しく抱きしめて唇に軽くキスしてくれました。
抱かれた時に、母の乳房が僕の胸に当たって、すごく勃起してしまいました。
母は、スカート越しに固くなったチンチンの感触が伝わったようで、驚いて僕を離すと部屋を出ていってしまいました。
それからしばらく母と顔を合わせづらかったんだけど、3日くらい後の父が留守の夜に、思い切って、「オナニーがしたくなったから、パンティ貸して」と母に言ってみました。

 

すると母は、「あんまり溜めるのも良くないって言うし」とか言いながら貸してくれました。
母の目の前でチンチンを出してしごき出すと、母は「人前でそんなもの出すものじゃありません」と言いながらも、結局僕が射精するまで見ていました。
精液を拭いていると、また固くなってきたので、母に「触ってみてよ」と言うと、母は最初いやがっていたけど、触ってくれました。
僕は母の手の中に2回目の射精をしてしまいました。
次の日は、部活を休んで早く家に帰り、母に「オナニーがしたい」と言うと、黙って部屋に来てオナニーを手伝ってくれました。

 

実母のトルネード手コキフェラで精液全部搾り取られてヘロヘロになった男のスケベ体験談がこちらw(イメージイラスト2)

 

精液で汚れたので、「一緒にお風呂に入ろう」と誘うと、母は「子供じゃないんだから」と言いながらも2人で一緒にシャワーを浴びました。
母の裸は、おっぱいも大きくて、見ているとものすごく勃起してしまいました。
母は、風呂場でもう一度オナニーを手伝ってくれて、今度は口でもしてくれました。
僕は母の口の中に、精液をたくさん出しました。
ものすごく気持ちよかったです。

 

は「親子でこういうことをしてはいけない」と言いますが、僕は母のことが大好きです。
今度は母のことを気持ちよくさせてあげようと思います。
 

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